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浅香唯

本名:川崎亜紀
1969年12月4日生まれ A型
宮崎県宮崎市出身
デビュー曲:「夏少女」
(1985年6月21日)
事務所:六本木オフィス
レコード会社:ワーナーパイオニア
キャッチフレーズ:フェニックスから来た少女

90年はドラマ出演をしない、アイドル雑誌へも出ない。コンサートではヒットシングルではなく、アルバム曲中心になる…
秋リリースの「Self Control」はシングル作品で初の本人作詞となった。
メイクも変え、シックな装いに身を包みヴィジュアル面の変化もあったが、90年はドラマ出演をしない、アイドル雑誌へも出ない。コンサートではヒットシングルではなく、アルバム曲中心に…1年間は音楽活動に没頭した。

本人は気合十分で臨んだであろうが、オリコンTOP10入りは途絶えてしまい、彼女の変身は既存ファンを離れさせ、新規ファンも獲得できなかったようだった。

「Self Control」(90/オリコン最高13位・万枚)…「こだわりTV PRE★STAGE』オープニングテーマ。ウィスパー歌唱法。イメージチェンジとは今までの顧客を納得させ、新規顧客開拓するものではないのか?
”Self Control”は失敗だったようだ…。

「恋のUpside-Down」(91/オリコン最高32位・1.7万枚)…「C-Girl」や「Melody」の作詞を担当していた森雪之丞に2年ぶりに依頼し、キャッチーな作品となったが…。

91年は久しぶりにドラマにも出演、人気俳優だった加勢大周出演の「ADブギ」であまり笑顔を見せないクールな女性を演じた。オトナになった浅香唯は話題になったものの、「スケバン刑事Ⅲ」出演時のように楽曲のセールスには繋がらなかった。

「ADブギ」(91)…「ママハハ・ブギ」、「予備校ブギ」に続くブギ三部作の最終作。加勢大周主演で、的場浩司、浜田雅功の3人がAD。を主演級として描かれ最高視聴率19.5%を記録。主題歌は楠瀬誠志郎「ほっとけないよ」(オリコン最高6位・61.9慢枚)
92年には「AD・リターンズ」が放送された。

力をいれていたアルバム制作であるが、ラブソングだけでなく、環境破壊、虐待などをテーマにしたもの歌うなど、色々なタイプの楽曲に挑戦していた。

「愛しい人と眠りたい」(92/オリコン最高42位・1.3万枚)…当時サザンオールスターズのギタリストだった大森隆志が作曲・編曲を担当。C/Wの「黒い鳥」は原由子が作詞・作曲を手掛け、湾岸戦争で油まみれになった鳥を取り上げている。これらの作品が収録の「STAY」は大森がサウンドプロデュースし、松本隆、加藤和彦、コシミハル、平松愛理らが楽曲提供していたのがウリであったがしかし、あまり話題にならなかった…。

92年夏のアルバム「joker」はシングル曲を収録せず、また浅香の念願だった収録曲を女性作家陣のみで作った作品となった。

「joker」(92)…ファンの間での人気盤。作詞作曲全て女性作家陣。シングル曲を1枚も収録していないが、それぞれの曲のクオリティが高く、短編恋愛ドラマ10篇です。出来の良さにもっと深く内容に共感してもらいたいという思いから、恋愛小説を執筆し出版したいという希望をFC会員に向け綴っていたという。しかし、未だ実現していません…。

93年、突然の休業宣言
3月のライブを最後に無期限休業に入ることをファンクラブ会報にて発表。その会報の発行をもってファンクラブは解散となった。
事務所、レコード会社と契約が切れるのをきっかけに退社。”自分を見つめなおし、音楽の勉強がしたい”という理由であった。
しかし、休業であったにも関わらず”引退”。理由は”事務所とのトラブル”という報道が数多くされた。

「ひとり」(93)…”ひとり”ではあるが、春の訪れや本当の恋を探すなど前向きな歌詞である。休業前のシングルなので、不本意な仕事はしません…というようにも聴こえます。同時発売の「CONTRAST」からのシングルカット。

●休業
ラジオ番組「浅香唯のNORUSORU」局側の強い希望もあり休業後も続ける意向だったが降板し、完全休業に入る。所属事務所とレコード会社との契約を延長せず退社した上での無期限休業だったことで、”引退”と思われた。
以前(90年ごろ)より多忙なため休業を申し入れていたという。

休業宣言から1年後の94年に本名の”川崎亜紀”で 写真集「FAKE LOVE」を出版。発売前にヌード写真集出版と一部で報じられたものの、ヌード写真は1枚も掲載されていなかった。

ヌード写真集発売報道

「FAKE LOVE」(94)…「退職後1年間は芸能界の仕事をしない」「芸名を使用しない」とのことで本名の”川崎亜紀”での発表。
ヌード写真を撮ることもあるアラーキーこと荒木経惟がカメラマンとのことで、ヌード写真集かと話題を呼んだが、結局ヌードは無し。しかし、初版3万部が完売。
95年に結花ねぇチャン、01年に由真ねぇチャンがヌード写真集を発表。唯チャンも披露していたら、風間三姉妹は100%脱いだということになるところでした(汗)

無期限休業から4年半ほど充電し、個人事務所を立ち上げ、97年より”YUI”として音楽活動を再開。「Ring Ring Ring」、「不器用な天使」をリリース。ヒットには至らなかった。
その後、前事務所と業務提携し、”浅香唯”に戻し、女優・タレントとしての芸能活動も再開し、テレビでの露出が増えていく。

2001年4月から9月まで「笑っていいとも!!」に隔週木曜レギュラーとして出演。また、解散していたファンクラブを再結成することも発表。
年末には「ザ・ベストテン2001」に出演し、「セシル」を歌った。

●活動再開

YUI名義で「Ring Ring Ring」(97)、「不器用な天使」(98)をリリース。

「ザ・ベストテン2001」(01)…トップバッターとして登場し、「セシル」を熱唱。大人になった唯チャンが歌うこの歌もなかなか味わい深いものです。
「ザ・ベストテン」ではお馴染みのくす玉のセットです。上手く割れないことがありますが、この度は…失敗!それも真ん中のが…。

02年には、89年に交際宣言をしたドラマーの西川貴博と入籍。
04年には昼の帯ドラマ「冗談でしょッ!離婚予定日」に主演、翌05年にも昼の帯ドラマ「ママ!アイラブユー」に主演となる。後者では主題歌も担当し「笑顔の私」をリリース。

「笑顔の私」(05)…主演の昼ドラ「ママ!アイラブユー」主題歌。「恋しくて」(90/オリコン最高4位・21.4万枚)のヒットで知られるBEGINのピアニスト上地等がプロデュース。

07年に長女を出産してからは、主婦タレント(ママドル)としての顔も見せ、子育てメディア、アニメのオープニングテーマを歌うなどの活動も行い、子供向けイベントにも登場するようになった。

14年、初のミュージカル「アニー」にハニガン役で出演。

15年は30周年を迎えた。この年には、精力的に活動し、「浅香唯 30周年記念コンプリートBOX」を発売。芸能活動30周年を記念して、「Yui Asaka 30th PREMIUM LIVE」も開催。
夏には「スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇」、で共演した大西結花、中村由真と「唯・結花・由真 三姉妹コンサート」を開催し話題となった。また、3人による新曲「Anniversary」のCDが会場限定で販売された。

18年には 志村けん一座 第13回公演 志村魂「一姫二太郎三かぼちゃ」で初のコントに挑戦。
19年には、2回目となる「唯・結花・由真 三姉妹コンサート 〜Remember 2019〜」を開催。

35周年を迎えた20年には故郷のテレビ宮崎開局50周年ドラマ「ひまわりっ~宮崎レジェンド~」に主人公の母親役で出演。
そして、大きく話題となったのが、

RIZAPのCM出演である。

4ヶ月で8.8キロ減量した姿を披露しており、デビュー35周年を記念した新曲「LIGHT A SHINE 〜月はずっと見ている」が配信され、RIZAPとのコラボレーションによる新曲のMVが公開された。
上記の曲を含んだ4枚組BOX「YUI ASAKA 35th Anniversary 〜君がずっと見ている〜」もリリース。

RIZAP」(20)…4ヶ月で8.8キロ減量した姿を披露し話題に。若干ポッチャリし、若さは保っている方かなとは思ってたけど…。是非、結花ねぇチャンにも勧めてあげてください。

歌手・浅香唯としてテレビ出演もあり、今後の活動が期待されている。


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