• 80年代アイドルを紹介しています。

沢田玉恵

本名:元山知子
1970年5月3日生まれ O型
愛知県尾西市(現・一宮市)出身
デビュー曲:「花の精 ~わたしのON-AIR~」
(1986年4月2日)
事務所:アンクルエフ
レコード会社:ソニー
キャッチフレーズ:ソニーの神秘

83年にソニー主催の新人発掘コンテストティーンズ・ポップ・コンテスト」で審査員の満票を得て、優勝となる。
このコンテストは楽器演奏を条件としていて、彼女は中森明菜のアルバム曲をピアノの弾き語りで歌ったという。また、準優勝は後におニャン子クラブのメンバーとして注目される河合その子であった。ほかにも川島みき(後の川島だりあ)や宮原学も参加していたとのこと。第2回の優勝者は谷村有美ということからも、アイドル系のオーディションとは違い、アーティスト発掘という趣向があったと思われる。

河合その子…85年におニャン子クラブのメンバーとしてデビュー会員番号12番。85年12月にはメンバー初のソロデビューとなり、デビュー曲「涙の茉莉花LOVE」(85/オリコン最高1位・19.0万枚)はオリコンでは初登場5位、翌週には1位を獲得するヒット。3rd「青いスタスィオン」(86/オリコン最高1位・34.1万枚)が自身の最大ヒットとなり、この楽曲は86年の年間売上げ10位に。筆者の住む町の近く出身で、中学時の社会科教師の教え子で「イメージと違って活発な面もあったけど、放課後は音楽室でピアノを弾いていた。」と教えてくれましたヨ。

優勝時は弱冠13歳であったため、中学卒業を待ち、酒井政利プロデュースの下、86年4月に「花の精 ~わたしのON-AIR~」でアイドル歌手としてデビューとなった。
資生堂が初めて歯磨きに参入した商品「オン・エア」のCMソングとして流れ、本人もイメージキャラクターとして登場。レコードを買うとミニサイズの「オン・エア ジェル」が貰えるという力の入り具合いであった。

162cmの長身、日本人形のような顔立ちで芯の強さを感じさせる佇まい、中低音の効いた歌唱力——-大物感が溢れていた。

「花の精 ~わたしのON-AIR~(86/オリコン最高61位・1.1万枚)…資生堂「オン・エア」CMソング。笑顔もなく、フリツケも殆どないのが、チト寂しいですが、”ソニーの神秘”がとびきりの笑顔で踊り狂うのもオカシイから、仕方ないね。表現力も求められるであろう♪う~ん 我慢できないわぁ~のクダリも貫禄たっぷりに歌いこなし大物感が漂っていました。涼しげなお顔立ちで、女優の小西真奈美サン風ですかね?

歌謡曲愛好家たちより注目されたが、ヒットには至らなかった。

時代は”放課後のクラブ活動”的なノリのおニャン子クラブ旋風が吹き荒れており、86年のオリコンシングル1位獲得46曲中、おニャン子クラブ関連が30曲獲り、52週中の36週でそれを記録し、席捲していた時代。彼女のような、いかにもなオーラを発散するアイドルは時代の要求とズレてたのかもしれない。

資生堂「オン・エア」…「たつきちクンにハァしました」のセリフで覚えている方もいらっしゃるのでは?先ごろ(19年11月)結婚した壇蜜サンのキャッチフレーズは「ハァハァしてる?」でしたネ。「たつきちクンにハァハァしました」じゃなくて、ホッ…。”ソニーの神秘”がソレじゃイカンわナ。にしても教室で歯磨きするって…アンタ、大物ネ。

続く2nd「紫外線」も前作同様のゴールデンコンビでのリリース。またも資生堂のCMソングとして起用されることとなった。

「紫外線」(86/オリコン100位圏外)…♪紫外線 視線がいい線 紫外線 意外に少年~と韻を踏んでキャッチーです。衣装は自分でデザインし、アクセサリーも用意し、玉恵チャン気合充分。しかし、撃沈。ワタクシもお気に入りで、よく口ずさんでいました。売れると思ったんだけど…。この衣装「SAND BEIGE-砂漠へ-」の中森明菜チャンっぽいですネ。♪どうでもいいわぁ~っていうのは♪いいかげんにしてぇ~っていうのを彷彿させますね。酒井政利サンのプロデュースなので、山口百恵サンの♪バカにしないでよッ!に似てるというべきか?
資生堂「オン・エア」(86)…「紫外線」をCMソングとして起用。このタイトルなら化粧品のCMの方がいいのでは?たつきちクンの傷口にハァしてもどうにもなりませんヨ。早く保健室に連れて行ってあげなさいヨ。たつきちクン役は松田洋治サン。ドラマ「家族ゲーム」、宮崎駿作品「もののけ姫」の主人公アシタカの声優でお馴染みですネ。最近は舞台を中心に活躍中デス。ちなみに玉恵チャンの役名は”かおりチャン”…良い香りってコトね。

しかし、こちらもヒットとならなかった。

実力がありながらも、人気に繋がらないもどかしさもあったが、女優としても手を広げていき、宮本輝原作の映画「川」にヒロインとして抜擢される。文部省選定作品で文芸路線の大作であり、富山県高岡市にて1年間のロケが行われた。

クランクアップ後には人気ドラマ「北の国から’87 初恋」に吉岡秀隆の相手役として出演する事も決まった。

が、

引退。

実質半年の活動であった。シングル2枚を残し、姿を消してしまった。

●「アイドルやーめたっ」学業に専念のため故郷に帰った沢田玉恵 (「Focus」86.12.12号)
自らの意思でアイドルより学業を選んだとのこと。映画「螢川」の完成披露試写会に挨拶のため上京とあり、文面から86.11.28と思われる。この時には既に故郷・愛知にいた様子。この映画のPRが”最後の仕事”だった(画像)。映画は翌87年2月に公開。

映画「螢川」(87)…宮本輝原作の映画化。コレや「泥の河」、「道頓堀川」、「葡萄と郷愁」とか宮本作品よく読んだナ。「花の降る午後」は映画版に田村英里子チャンが出演。アレもコレも話の内容は忘れマシタ(滝汗)。大量の蛍が飛び交うクライマックスシーンを特殊撮影で表現し高く評価された。玉恵チャンも女優として高い評価を得ましたが…。そういえば、宮本サンは91年ごろ♪ダバダ~ダバダ~の歌でお馴染みのネスカフェのCMに上質を知る人として出演してましたよネ。

突然の引退のため、人気ドラマ「北の国から’87 初恋」の相手役は横山めぐみが務めることとなった。

また、雑誌「MOMOCO」に対抗して「TAMAE」という雑誌も創刊したが、1号であっけなく廃刊となってしまった。

時は流れ、

「まぼろしのアイドル あの人に会いたい」に登場し、引退の真相、復帰までの空白期間のことを語った。

「まぼろしのアイドル あの人に会いたい」(00/白夜書房)…デビューから引退、そして、復帰のきっかけ、空白期間、公開予定の主演映画までを語っている。アイドル時代に仲が良かったのは西村知美チャン、岡本舞子チャンだったそう。引退後は故郷・愛知の高校に編入するが、受け入れてくれる学校がナカナカ見つからず、大変だったとのこと。短大に進学し、留学も経験したと語っている。お蔵入りとなった3rdシングル、アルバムの制作途中で引退した為に未発表曲もあるという。何かの機会に日の目を見ることはないのですかね、聴きたいですねぇ。

03年、主演作「アップ・ダウン・スカイ」が公開される。

「アップ・ダウン・スカイ」(03)…ロッテルダム映画祭出品作品。塙幸成監督作品。玉恵チャンは、記憶喪失の男性に恋するヒロインを演じる。ラブコメディー。

しかし、その後、アイドル時代のように大きくフィーチャーされる活動はない。

●関連You Tube———————————————————

●参考文献など————————————————————–


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