• 80年代アイドルを紹介しています。

真璃子 

本名:日浦真里子
1968年8月2日生まれ
A型
福岡県大野城市出身
デビュー曲:「私星伝説」 
(1986年1月1日)
事務所:オフィスAtoZ
レコード会社:フォーライフ

1984年、文化放送「決定!全日本歌謡選抜・スターは君だ!!」でグランプリを獲得し、芸能界入りとなる。2年のレッスンを経て、86年に「私星伝説」でデビュー。

神秘的な楽曲、”真璃子”という苗字のない名前など従来のアイドルとは違う、異色な雰囲気で登場となった。

飛ぶ鳥落とす勢いのとんねるずと同じ事務所に所属しており、彼らの出演ドラマ「トライアングル・ブルー」のエンディング・テーマに起用され、スマッシュ・ヒット。人気音楽番組の「歌のトップテン」、「ザ・ベストテン」に注目新人として登場するなど、華々しいスタートとなった。

「私星伝説」(86/オリコン最高22位・8.1万枚)…デビューはおニャン子クラブの新田恵利チャンと同日。近所にいる様なフツーの女のコがウケる時代で、彼女も新田チャンもそんな感じ。歌唱力は二人ともフツーじゃなかったケド。
真璃子サンは丁寧で安定感のある歌を聴かせてくれる歌手。新田チャンのフツーじゃないっていうのは…(以下自粛)。”シセイデンセツ”ってどういう意味?不思議な歌詞で読んでもワカラナイ。雰囲気を楽しむ感じかナ。

とんねるずの妹分として大々的に売り出されるものの、真面目で優しげな空気を纏い…透明感溢れる癖のない綺麗な声で、歌が上手い…兄貴らと正反対の大人しくて絵に描いた様な”超優等生キャラ”…それが彼女の持ち味で個性だった。

続く2nd「恋、みーつけた」もとんねるず主演のドラマ「お坊っチャマにはわかるまい!」挿入歌として流れる。歌詞も曲もアレンジもメランコリックな世界観を展開。歌手本体のキャラクターにもマッチし、楽曲を表現する力量もあり、上手くシンクロした作品であった。それ故か、ヒットチャートのTOP10近くまで上昇。この曲で「第5回メガロポリス歌謡祭」で、最優秀新人賞を獲得となった。

「恋、みーつけた」(86/オリコン最高14位・7.1万枚)…ドラマ「お坊っチャマにはわかるまい!」挿入歌。当ブログのお客サマは島田奈美チャン出演のドラマって感じ?真璃子サンもゲスト出演したヨ。イントロから軽やかで爽やかで、フォーキーなサウンドに上品な歌唱で、ホッとさせる感じ。彼女と言えばこの曲っていう人も多いのでは?綺麗な声で、お父さんやお母さんにウケが良さそうな感じでした。ウチの母も「新人賞、あげちゃいなさいよ。上手だし」って言ってたナ(笑)

新人賞レースが本格化する頃に3rd「夢飛行」をリリース。「新宿音楽祭」、「日本歌謡大賞」など多くの音楽祭で新人賞を獲得となる。年末の「第28回日本レコード大賞」の新人賞5組にも入選となった。

「夢飛行」(86/オリコン最高19位・3.9万枚)…数多くの音楽祭にこの曲で参戦。デビュー曲「私星伝説」の流れを組む不思議・幻想路線歌謡をハードに歌いあげ、プチッとイメージチェンジ。「第28回日本レコード大賞」新人賞では、少年隊、西村知美水谷麻里、石井明美らと名を連ね、新調した衣装で熱唱。イントロはマドンナの「Papa don’t Preach」からの引用ですネ。よく耳にしたケド、売上げはイマイチ寂しい数字デスね。

1年目は”不思議・幻想”をテーマにした曲と”少女の恋や憧れ”を歌った曲を交互にリリースし、それぞれを伸びやかに歌う姿は、シンガーという雰囲気を既に醸し出していた。

また、デビューした86年は前年に登場したおニャン子クラブのソロデビュー歌手が拙い歌唱力で賑やかな曲を歌いオリコン初登場1位を次々獲得するなか、確かな歌唱力で丁寧に歌う姿は、慎ましやかであるが異彩を放った。

「不良少女にもなれなくて」(86/オリコン最高19位・2.9万枚)…バラエティ番組「コムサ・DE・とんねるず」テーマ曲。映画のようなドラマチックな歌詞で情景が浮かび、そしてグッとくる楽曲です。ふとした時に「真璃子の歌ってイイね」って会話に出てくる存在でした。何処となく石田ひかりチャンのお姉チャンゆり子サンにお顔が似てますネ。控え目なキャラクターなところもネ。ウルトラマンや怪獣のおもちゃがスキなんだって、オチャメな性格が前に出てこなかった…。
「不良少女にもなれなくて」の仕切り人形(仕切り版)

87年には、アルフィーの高見沢俊彦より「悲しみのフェスタ」、「あなたのすべてにRUN TO YOU」を提供される。

2ndアルバム「♡ to ♡」では、真璃子本人が作詞した楽曲が収録され、以降は積極的に楽曲製作に携わっていく。

「悲しみのフェスタ」(87/オリコン最高18位・5.9万枚)…優等生が♪激しくっ燃えてへェ~ やら ♪恋なんて いつもゲェェムさァ…とはき捨てるように歌うところはゾクゾクしますネ(笑)凄み方といい、フリツケといい、中森明菜サンの香りがします…オーディションでは「北ウイング」を歌唱したとのことで、なるほど。
「あなたのすべてにRUN TO YOU」(87/オリコン最高13位・4.3万枚)…TOP10入りまで、もう1歩。う~ん、弾けようとしている感じが伝わってくるというか、本来持つ優等生感が表に出てハマリ切れてないよぅ…。
「疑問符」(87/オリコン最高69位・0.5万枚)…前曲がTOP10間際まで上昇し、とんねるずのドラマ「ギョーカイ君が行く!」の主題歌にも起用されたので、コレでめでたくTOP10歌手か?と思ったら、順位&売上げ共にチョット待ってぇ 急降下!! なぜ?? 何かあったのかしらン?

88年には、ドラマ「時間ですよ たびたび」では隣のまりチャン役を演じ、本格的なドラマ出演となり、劇中歌「お嫁に行きたい」を歌った。

また、アルバム「21世紀の子供たちへ」で 「第30回日本レコード大賞」にて特別企画賞を受賞している。この作品では9作品が彼女の作詞である。

「時間ですよ たびたび」(88)…本格的にドラマ出演し、とんねるずの他に、主演の森光子、篠ひろ子、植木等、ケーシー高峰、地井武男、柄本明、河合美智子など豪華な顔ぶれ。
「お嫁に行きたい」(88/オリコン最高19位・3.9万枚)…また高見沢作品。前作でガックンと落ちた売上げも元に戻りました。ドラマの劇中歌なので、見ていた方はご存知かと思います。この真璃子サンは、八木亜希子アナウンサーに似てるような…。八木サン、病気で休養とのことですが、回復し、復帰されることを願ってます。

89年ごろより、ドラマやバラエティ番組の出演はあるものの、アーティスト色が強くなって行き、自作曲や松任谷由実・中島みゆき・尾崎亜美などの楽曲など歌うようになり、大人の恋愛やメッセージ性のある内容へと変わってき、衣装もドレスからスーツへと変わった。

「セシルの週末」(89/オリコン最高59位・1.3万枚)…松任谷由実のカバー作品。♪そうよ 下着は黒で タバコは14からちょっと待ってくれれば 何だってくすねてきたわ~
真璃子サンのパブリックイメージではないのですが、高い表現力で見事に歌い上げています。このときの彼女は藤吉久美子サンに見えます(笑)ちなみに91年には中島みゆきの「ほうせんか」をカバーしています。

90年からニッポン放送「オールナイトニッポン」のパーソナリティを担当。オンエアされる曲も70年代、80年代の曲が多く、朴訥と落ち着いた雰囲気で、当時テンションの高い番組が多かったオールナイトニッポンでは異色の存在であった。

「オールナイトニッポン」(90-92)…キャッチフレーズは「とびっきりの朝」とのことで、オープニングの挨拶も「こんばんは」でなく「おはようございます」で始まっていた。ハガキの1通1通をじっくり読み、リスナーからのメッセージを大切にしていた。それ故か「走れ!歌謡曲」から流れてきた長距離トラックのドライバーや、高い年齢層にも支持されていたという。

91年には歌謡サスペンス劇場の主題歌に「あなたの海になりたい」が抜擢され、久々のスマッシュヒットとなった。

「あなたの海になりたい」(91/オリコン最高34位・4.6万枚)…「恋、みーつけた」、「お嫁に行きたい」と並んで真璃子サンの代表曲でしょう。”火サス”の主題歌なので、知っている人も多いのでは?3作品いずれも大ヒットにはなっていませんが、ある程度の年齢の人は、どれかは聴いたことがあると思います。

とにかくタイアップが多かった(”とんねるずの妹”なので、彼らの出演番組で特に)。だから、真璃子サンの歌で癒されたり、励まされたりした人多いんじゃかナ。あなたの真璃子ソングあるでショ?

92年には、泉ピン子と桜井幸子のWヒロインで話題となったNHKの朝ドラマ「おんなは度胸」に出演している。

●90年代 出演ドラマ

「風子~いつの日か風のように~」(90)…第14回日本放送作家協会創作テレビドラマ脚本公募入選作のドラマ化。清水美砂(現・清水美佐)サン、伊藤智恵理(現・渡壁智恵理)チャンと共演。
「おんなは度胸」(92)…桜井幸子チャンが女優として注目された作品。最高視聴率は45.4%を記録したNHKの朝ドラ。
泉ピン子、藤山直美、香川照之、いかりや長介、藤岡琢也など濃い役者陣のなか、控えめで爽やかな真璃子サンに癒されます。

その後も「ねるとん紅鯨団」のED「突然の電話」、人物ドキュメンタリー番組「知ってるつもり?!」のED「素直になって…」、バラエティ番組「たけし・所のドラキュラが狙ってる」OP「今度は私の番ね!」

などタイアップも多かったが大きなヒット曲には巡り合わなかった。

96年の結婚を機に芸能活動から引退
とんねるずの妹分として、テレビの露出やタイアップも多く、恵まれた環境下で活動をした10年で、21枚のシングル、6枚のオリジナルアルバムを残した。

故郷・福岡で2児の母となり生活していたが…
13年に、歌手活動を再開

15年には情報バラエティ番組「爆報! THE フライデー」に姿を現した。

「爆報! THE フライデー」(15)…14年に離婚、その後、バー経営の男性と再婚。福岡で歌手活動をしつつ、手作りのアクセサリーをフリマーケットで販売したり、テレフォンアポインターのパートをしたりしているとのことだった。また、夜には夫のバーを手伝っていると近況報告した。

16年に23年ぶりとなるミニアルバム「La porte」をリリース後より、精力的に活動。
17年、シングル「On myself」、19年にシングル「Present」をリリース。 東京・名古屋・大阪でLIVEツアーを開催。
地元福岡を中心に、ラジオ出演、ライブ活動をしている。

●書籍・CD・DVDなど———————————————————


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