• 80年代アイドルを紹介しています。

水谷麻里

本名:水谷葉子
1971年7月18日生まれ O型
愛知県津島市出身
デビュー曲:「21世紀まで愛して」(1986年3月21日)
事務所:サンミュージック
レコード会社:ビクター
キャッチフレーズ:なんか、いいね。少女としての見事な仕上がり

1985年、資生堂主催の「’86ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」でグランプリを獲得。
応募総数は、54,129名。本選には酒井法子畠田理恵も出場していた。

グランプリの決め手は、カラスの鳴き真似を披露し、審査員に大ウケしたからとのこと。

86年3月に「21世紀まで愛して」でアイドル歌手デビューとなった。 作詞に松本隆、作曲に筒美京平を起用し、資生堂のヘアコロン・シャンプー&リンスのCMソングとして流れた。この際、当然の如く、CMのイメージキャラクターとして登場。オリコンTOP10近くまで上昇し、幸先の良いスタートを切ることとなった。

「21世紀まで愛して」(86/オリコン最高16位・4.8万枚)…笑顔もぎこちなく初々しく歌います。その姿に瞬間 ショートしちゃった人は、21世紀まで愛しちゃうッ!と思ったことでしょう…。
資生堂「ヘアコロン・シャンプー&リンス」(86-87)…資生堂主催のオーディションのグランプリ獲得者だもの、CM出演は当然だよネ。新曲が出るたびに出演しておりました。遊び心のあるテロップで”うたとかお 水谷麻里”だって(笑)

続く2nd「地上に降りた天使」は映画「子象物語 地上に降りた天使」の主題歌となり、本人も出演となった。また、同時期にドラマ「ボクの初体験」にも出演している。

「地上に降りた天使」(86/オリコン最高16位・6.7万枚)…映画「子象物語 地上に降りた天使」主題歌と資生堂「ヘアコロン・シャンプー&リンス」CMソングとなりました。髪形が鉄カブトのようです…(汗)
「ボクの初体験」(86)…ある学者により男(保坂尚輝)と女(水谷麻里)の脳が入れかえられソレによりドタバタが起こるという内容。なので、麻里チャンが男言葉で話したり、アグラをかいたり…でも、カワイイ娘は何やってもカワイイ。

大々的に売り出され、その年の新人の中では、頭ひとつリードし、「第5回メガロポリス歌謡祭」最優秀新人賞を獲得。賞レースが本格化する秋には、3rd「乙女日和」をリリース。オリコンTOP10入りを果たし、人気音楽番組「歌のトップテン」にもランクインした。

音楽祭の総本山とも言える「第28回日本レコード大賞」では、少年隊、真璃子、石井明美、西村知美などと新人賞の5組の中に入選となった。

「乙女日和」(オリコン最高9位・4.8万枚)…「トップテン」に10位でランクイン、頬には「ありがとう」と書かれています。音楽祭でもやっていたと記憶してますが…”70年代生まれの新人類アイドル”では片付けられないヘンなキャラクターがチラリチラリ。
「第28回日本レコード大賞」では歌唱の初めから、感涙。OPのメドレーでは抑えていたのに…。歌唱前のアナウンスでは「大晦日が早く終わって欲しい」とユニークかつ正直なコメント。
「乙女日和」の仕切り人形(仕切り板)

1年目は、可愛らしい典型的なアイドルとして乙女チックな楽曲をリリースしていたが、87年の年明け第1弾の「春が来た」(4th)から本人の個性を活かしたコミカルな楽曲をパワフルな歌声で歌唱し、路線変更となった。

「春が来た」(オリコン最高9位・5.9万枚)…松本・筒美コンビで正統派アイドル・ポップスを歌っていたが、70年代フォークのパロディような楽曲をリリース。歌声も野太くなりイメージチェンジ。
人気番組「ザ・ベストテン」では、13位まで上昇し、あと1歩デシタ…。この楽曲から3曲バックダンサーを従えての歌唱となります。そのバックダンサー”あしたの黄色をつかみ隊”は後に”パンプキン”として、デビュー。

以降、「ポキチ・ペキチ・パキチ」、「バカンスの嵐」、「メビウス天国」と”不思議路線”と銘打ったハイテンションで意味不明な暴走パワーに満ちたシングルを連発する。ユニークなのは本人には合っていたと思うが、ファンの反応は、賛否両論。オリコンTOP10入りを連続で果たすものの知名度は歌謡曲愛好家ら止まりであった。

「ポキチ・ペキチ・パキチ」(87/オリコン最高9位・4.6万枚)…♪夏が来て 恋をして ポキチ・ペキチ・パキチ~ってどういう意味?中原めいこ「君たちキュウイ・パパイヤ・マンゴーだね」みたいな…イヤ、郷ひろみ「お嫁サンバ」みたいな曲(笑)。

「バカンスの嵐」(87/オリコン最高10位・2.6万枚)…♪バカ、バカ、バカンス~この後くらいから露出が減ったようなと思ったら、87年の秋に、漫画家・江口寿史と雑誌で対談し、交際に発展しており、そして、ラジオ冠番組に事務所の先輩・松田聖子がゲスト出演した際「芸能界は色んな服が着られて楽しい」と発言し、後日、マネージャーづてに「私たちの仕事はファッションモデルではない」と注意されたこともあり、次第に芸能活動への熱意を失ったという。

87年には、同じオーディション、レコード会社、事務所の酒井法子がデビューし、瞬く間に人気アイドルの座をゲット。不思議チャン的な個性がかぶったのか、プッシュ体制が終わったのか、入れ替わるように姿を見かけることがなくなった印象であった。
88年3月のコンサートを最後にメジャーな芸能活動を休止(事実上引退)し、地元でDJやCMの仕事を行っていた。

「春休み」(88/オリコン最高80位・0.4万枚)…ラストシングル。彼女がファンだったというサエキけんぞうの作詞。フェードアウトして曲が終わっていくが、音が消えかかるところで♪21世紀まで愛し~て…とデビュー曲の一節が流れる仕掛けが、もの悲しい。ラストコンサートの最後は”あしたの黄色をつかみ隊”が吹くたて笛に合わせて「今日の日はさようなら」をみんなで歌うという心温まるものだったとのこと。

●芸能活動を休止(事実上の引退)

筆者と麻里嬢は同じ愛知県民。筆者が知っているこの頃の活動は、FM三重「水谷葉子のネバネバギブアップ」という平日夕方数分間の番組のパーソナリティ。といっても、水谷葉子名義のため気づかず聴いており、最終回で「春が来た」が流れたときに、えぇ!麻里チャンだったのォ!と驚きました。ほかにホテルウェディングのCMに出演したらしいデス。

90年、漫画家の江口寿史と結婚のため、21世紀を待たずに完全引退となってしまった。

●書籍・CD・DVDなど———————————————————–


●参考文献など—————————————————————

※以前、他社ブログで書いたものを加筆・修正しました。

okmusic 水谷麻里
70-80年代アイドル 昭和TVワンダーランド  コロコロ変わるのね?「乙女日和」 水谷麻里
Idol.ne.jp 水谷麻里「乙女日和」
それいけ!ディープ歌謡曲 水谷麻里/乙女日和トップテン初登場!
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