• 80年代アイドルを紹介しています。

田村英里子

本名:坂本絵理子
1973年1月16日生まれ B型
茨城県勝田(現・ひたちなか)市出身
デビュー曲:「ロコモーション・ドリーム」
(1989年3月15日)
事務所:サンミュージック
レコード会社:東芝EMI
キャッチフレーズ:メインストリート、アイドル。

デビューして3年ほどはアイドルをとりまく環境が厳しくなるなか健闘していたが、その後は人気がひと段落つき、以前よりメディアへの露出が減少していた。(詳しくは田村英里子①で)
しかし、楽曲と年齢と声がやっとフィットした感じの作品のリリース、また作詞・作曲をして、意欲的な歌手活動を見せていた。

「最後に教えて」(92/オリコン最高49位・1.3万枚)…作詞は三浦徳子。”あんた””バカヤロー”という言葉遣いで、終わりかけの恋をオトナになったエリリンが歌い上げます。作・編曲はAKB48の作品で活躍中の井上ヨシマサ。ココの訪問者サンには伊藤美紀チャン「小娘ハートブレイク」(87)作曲、島田奈美チャンの「タンポポの草原」(88)作・編曲といったところでしょうかネ。サウンド的に中山美穂「ROSA」(91)の姉妹作的雰囲気を持っている作品ですね。
「すてきな雨」(92/オリコン最高90位・0.4万枚)…上田知華提供作品。流れるようなメロディーにやさしいエリリンの歌声がフィットしています。

リリースした作品をTOP10前後に食い込ませる勢いはなくなり、この時期にはトピック足りえるものが彼女にはなかった。
同じころにデビューをしたアイドルたちも新しい局面を迎えていた。

西田ひかる…88年デビュー。帰国子女で、歌手活動に注力しながらも、バラエティやグラビアでも活躍するなど共通点も多かった。91年にブレイクし、紅白歌合戦へ出場。
宮沢りえ…89年デビュー。91年の人気絶頂期にヌード写真集発表、92年には貴花田との婚約発表(93年に解消)。
島崎和歌子…89年デビュー。彼女の親友であるという。91年に「オールスター感謝祭」の司会を務め、アイドルから徐々にバラエティーアイドルへとシフトしている時であった。

アラクス「ノーシン」(92-95ごろ)…長きに渡ってナオリタガール(イメージキャラクター)をしておりました。冬の時代、同じように正統派の雰囲気で頑張っていた西田ひかる嬢もナオリタガールでしたね。90年ごろまでなら、ひかるチャンよりエリリンの人気が上でした。しかし、立場が逆転してしまいましたねぇ…。また、このCMには、同じ事務所の中嶋美智代チャンと一緒に登場したこともありましたよネ。

93年ごろからは、女優としての活動が増えていく。大手事務所に所属のためか、時折、顔を見る機会に恵まれるものの、当時流行りのトレンディドラマの出演ではなく、時代劇や単発ドラマでの出演が主となっていた。

NHK土曜ドラマ「私が愛したウルトラセブン」、日本テレビの朝ドラ「のんの結婚」で主演を果たすが、どちらも再浮上するきっかけにはならなかった。しかし、前者は、ウルトラセブンを作った人々の舞台裏を描いた作品でヒロイン・アンヌ隊員を好演し、特撮ファンの間で高い評価を得た。

「のんの結婚」(93)…日本テレビの朝ドラの主演。NHKではないの…。それにしても、アイドル時代にもう少し歌謡曲ファン意外にも存在をアピールできたならば、女優業がもっと捗っただろうに…。

「私が愛したウルトラセブン」(93)…1967年に製作された特撮「ウルトラセブン」の舞台裏を、青春群像劇として描いたドラマ。アンヌを好演しました。全2話ですが、DVD化されています。内容は制作発表の目前で、アンヌ隊員役の女優が事故で出演不可能となり…というもの。

94年には、映画「首領を殺った男」松方弘樹の相手役でブルースシンガー役を演じる。主題歌を担当し、劇中でも歌声を披露した。しかし、映画は不入り。女優に挑戦する彼女の姿や磨きのかかった歌唱に注目が集まることはなかった。

「首領を殺った男」(94)…ヤクザ映画の総決算として作られたのですが、往年のヤクザ俳優たちが、顔を揃えています。菅原文太、梅宮辰夫、山城新吾、川谷拓三など・・・。主題歌「悲しみでは終わらない」(94/100位圏外)は玉置浩二の作曲。彼女にとって映画出演は2作目で、歌手デビューした89年に「花の降る午後」に古手川祐子と少しだが共演し、銀幕デビューを果たしています。

そんななか、95年に事件に遭遇する。

イベント出演のため宿泊した豊橋市内のホテルの部屋で、合鍵を使った従業員に侵入されるというトラブルに遭い、妙なことでスポットライトが当たってしまうこととなった。(翌96年にも、バカンスで訪れた海外で似たような事件に遭遇している)

この年、シングル「寂しさに壊されても」(出演映画「1・2の三四郎」挿入歌)を最後に楽曲のリリースが途絶える。女優業に一本化、歌手廃業の宣言があったわけでなく、自然消滅的に歌手活動が終了となった印象。
しかし、この時代のアイドルのなかでは、長きに渡って歌手活動し、実績を残すことができたひとりであり、16枚のシングル、10枚のアルバム(ベスト盤含む)を残した。

その後、NHK大河ドラマ「秀吉」(96)、映画「陽炎2」(96)、「くれなゐ」(98)など主要キャストとして出演していたが、アイドル出身の女優の趣であり、代表作に恵まれないでいた。

大型時代劇スペシャル「忍者がえし水の城-宇都宮釣り天井の謎-」(96)…ナンノとエリリンが出演。歌謡曲愛好家にとっては夢の共演ですナ。どちらもアイドル時代には、さまざまな噂が飛び交ったもの同士ですが、撮影現場はどうだったのかしらン?

2000年には、かねてからの希望であったアメリカへ単身留学をする。大きく報道された訳ではなく、知る人は知るといった感じで、海外へ飛び立った。

05年には、NHK「英語でしゃべらナイト」にゲストとして出演、5年ぶりに日本のテレビに登場となった。(その後、同番組企画の外国人タレントへのインタビューのコーナーにも出演している。)
秋には、日本映画「だからワタシを座らせて。通勤電車で座る技術!」での宣伝のため日本に一時帰国し、テレビや雑誌などでアピールした。

この頃より、彼女が海外で生活し、ハリウッドで女優として成功するためにオーディションをうけているということが、たびたび語られるようになる。

「英語でしゃべらナイト」…外国人タレントへのインタビューのコーナーを担当。
留学先のロサンゼルスでは現地の日本人・日系人向けニュース番組に出演していたという。

07年、大きなニュースが飛び込む。

全米で社会現象とも言えるほどの旋風を巻き起こし、日本でも大人気となっていたSFアクションドラマ「HEROES」の2ndシーズンで主人公の恋人役に抜擢されたということだった。日本人女優として初めてアメリカの全国ネットでのドラマでレギュラー獲得という点では快挙であった。

このことは、芸能誌だけでなく、日本のニュース番組「スーパーニュース」でも取り上げられた。08年には日本へ凱旋帰国し、記者会見も行われた。

「HEROES」(07)…シーズン2。主人公のひとりであるヒロ・ナカムラと出会う、伝説の刀鍛冶の娘、Yaeko役として抜擢される。

また、09年に公開されたハリウッド映画「DRAGONBALL EVOLUTION」にマイ役で出演、そして、アメリカ全土でオンエアされた連続ドラマ「REAPER(リーパー)」のシーズン2にも登場となる。

「REAPER(リーパー)」(09)…シーズン2。第1話から登場し、主人公の一人である義理の兄ソックが恋をする女の子を全編英語で演じた。

「DRAGONBALL EVOLUTION」(09)…鳥山明の漫画作品「ドラゴンボール」を実写で映画化した作品。日本でも公開されましたが、不評でしたねぇ。


そして、「ハリウッド・ドリーム」を出版。
いつか世界で活躍したいという夢が彼女にはあったという。
この著書では、今日に至るまでのハリウッドにおいての様々な経験や、海外生活での苦労を語っている。

「ハリウッド・ドリーム」(09)…11年間の日本での芸能界でのキャリアを捨てて渡米。彼女の夢は、世界で活躍する人になるということだったようです。住む家、語学学校、演技を学ぶためのアクティング・スタジオに通い、同時にエージェント探し。そして、オーディションを受け続ける…渡米から約7年もの間、希望は数知れず打ち砕かれ、自信を失する日々が続く…。この著作で大きな区切りがつき、その後は東北の震災情報を発信する非営利団体「ヘルプ・ジャパン・リカバー・ファンデーション」の活動に力を入れていた模様。

この著作で大きな区切りがついたようで、現在は、ゆっくりと海外生活を送っているようである。
SNSで犬と戯れる様子が時折、発信されている。

●書籍・CD・DVDなど———————————————————


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