• 80年代アイドルを紹介しています。

CoCo

宮前真樹 1973年1月16日生まれ 東京都出身
羽田惠理香 1973年3月7日生まれ 東京都中野区出身
大野幹代     1974年6月17日生まれ 東京都中野区出身
三浦理恵子  1973年9月1日生まれ 東京都出身
瀬能あづさ1973年4月3日生まれ 神奈川県厚木市出身
デビュー曲:「EQUALロマンス」(1989年9月6日)
事務所:プロダクション尾木
レコード会社:キャニオン


CoCoはフジテレビのテレビ番組「パラダイスGoGo!!」内でスタートしたタレント育成企画「乙女塾」より誕生した5人組。

才女のオバちゃんキャラ 羽田惠理香
見た目はボーイッシュ、だけど実は乙女 宮前真樹
歌唱力抜群 瀬能あづさ
魅惑のキャットボイス 三浦理恵子
最年少のしっかり者 大野幹代

5人それぞれに個性があって、バラエティー豊かであるが、絶妙なバランスを醸し出していた。

1989年9月に「EQUALロマンス」でデビューとなる。サビ頭でインパクトのある構成となり、シンセサイザーと女性コーラスを前面に出した透明感溢れる爽やかな楽曲。
アニメ「らんま1/2」エンディングテーマにもなり、オリコンのTOP10内に食い込み、好調なスタートを切った。

「EQUALロマンス」(89/オリコン最高7位・11.9万枚)…アニメ「らんま1/2」のEDとして起用され、レギュラー番組「パラダイスGoGo!!」で披露もあり、恵まれたデビューでした。”パラGo”が放送されていなかった地区に住む筆者はいきなりのオリコンTOP10入りにキョトン。アイドル冬の時代に突入しており、当時のアイドルとしては充分なヒットといえるものでしたが、まだ全国区の人気獲得に至っていなかったのか、テレビのランキング番組への登場は”おあずけ”状態でありました。特にリーダーを設けておらず、テレビではグループを代表して話す場面では、羽Pが主にその役目を担っていた。

90年1月リリースの2nd「はんぶん不思議」はイントロのチャイム音でドリーミーな世界へ引き込まれるこれぞアイドルポップスと言わんばかりの作品。デビュー曲を踏襲したシンセサイザーによるキラキラしたアレンジが印象的であるが、何よりも♪あなた 意地悪ぅ…とせまる三浦のキャットボイスは、視聴者に大きなインパクトを残した。

この曲で、人気番組「歌のトップテン」、「夜のヒットスタジオ」に登場となり、上昇気流に乗り、各メディアで大きく取り上げられるようになった。

「はんぶん不思議」(90/オリコン最高4位・13.7万枚)…CoCoの代表曲でしょう。♪あなた 意地悪ぅ…が印象的で、理恵チャンのために作られた曲と言いたくなる作品デス。何人の男子が悩殺され、何人の女子をイラっとさせたでしょう(笑)コレに持って行かれがちだが、大野のソロパート♪いつかは…の安定感の心地良さ、あっちゃんの♪どうして私 ♪どうして あなた…は女の子の大人びた部分もを感じさせる。テレビで唄う時の衣装は色別の衣装が多かったが、誰が必ずこの色をとは決まっていなかったらしいが、三浦がピンクとなることが多かった。トップテンにはピンク(写真左)、夜ヒット(右)は、緑を着て出演しました。

声質はバラバラだけど、合わせたときの歌声は本当に綺麗な高音を繰り出し、不思議とまとまりあり、その後も安定したヒット曲を放っていく。

ラテンのリズムを強く押し出したパンチのある楽曲4th「ささやかな誘惑」、5th「Live Version」ではハウスミュージックに挑戦し、新境地を開拓。

3rd「夏の友達」から6th「Newsな未来」まで、4曲連続ベスト3入りを果たし、氷河期と言われていたアイドル界の状況下、全国数箇所に渡るコンサートツアーを行うほどの人気を誇り、気を吐く存在となっていた。

「ささやかな誘惑」(90/オリコン最高3位・10.2万枚)…♪この胸のボタン ひとつ多くはずした…そんなささやかなコトも躊躇うのがティーンですね。幹代チャンの声は硬質だが、太く低くよく通り安定感もあるため、このような緊張感あるフレーズを彼女の声で発せられると楽曲が引き締まります。その力を買われてか、曲の出だしを担当することも多かったです。

「Live Version」(91/オリコン最高3位・11.8万枚)…テレビサイズでは、終始あっちゃんがセンターで歌っており、彼女にウェイトを置いて作られた曲ってな印象が強いです。テレビでの歌唱時やCDジャケットにおいて瀬能がセンターを務めることが多く「CoCoのエースは瀬能あづさ」というイメージが多くのファンに浸透していった。

「Newsな未来」(91/オリコン最高3位・8.2万枚)…エレキギターが力強いロック的な楽曲。まきボーはショートカットだが、歌声はふんわり乙女チックしておりました。CoCoにはリーダーがいなかったが、コンサートの段取り等をメンバーに説明する場面では宮前が、主にその役目を担っていたという。

また、91年2月に三浦理恵子がソロデビューしたのを皮切りに、この年から翌92年にかけてメンバーがソロで楽曲リリースを始めていく。この頃はアイドル界は冷え切っており、彼女たちだけでなく、他のアイドルたちも新しい局面を迎えていた。同期のアイドルには、田村英里子島崎和歌子星野由妃細川直美中山忍川越美和などがいた。

●ソロデビュー シングル

91.02.14 三浦理恵子「涙のつぼみたち」(オリコン最高10位・7.2万枚)
91.09.04 瀬能あづさ「もう泣かないで」(オリコン最高5位・11.8万枚)
91.09.21 羽田恵理香「迷子にさせないで」(オリコン最高13位・4.3万枚)
92.07.01 大野幹代「許して…」(オリコン最高15位・4.2万枚)
92.12.16 宮前真樹「夢へのポジション」(オリコン最高19位・3.9万枚)

更に新展開として、瀬能あづさ脱退

メンバーで一番の歌唱力を誇る彼女がソロ活動専念を理由に5月17日の日本武道館公演を最後に脱退となった。

「だから涙と呼ばないで」(92/オリコン最高7位・7.3万枚)…5人のCoCoとして最後のシングル。あっちゃんのCoCo脱退については、音楽番組「サウンドアリーナ」にて発表。「その話を聞いたとき、とてもビックリして…」と語っている。ということは本人からの希望ではなかったようですネ。

その際、新メンバー補充の計画もあり、ファンクラブの会員に対し応募要項、応募用紙が送付されたりしたものの結局、補充は白紙となった。

4人で活動を続けるが、三浦・瀬能の2大看板と言う風情があったため、中心人物・瀬能の抜けた後は、まとまりがない雰囲気を醸し出し、CDセールスは徐々に下降線をたどった。

11th「横浜Boy Style」を最後にデビュー以来続いていたオリコンTOP10入りが途絶えてしまった。

その後も活動を続けていくが…

「夏空のDreamer」(92/オリコン最高9位・8.4万枚)…4人の新生CoCoとしての初シングル。
「横浜Boy Style」(92/オリコン最高10位・8.6万枚)…プロ野球横浜ベイスターズイメージソング。
「恋のジャンクション」(93/オリコン最高37位・1.5万枚)…70年代のムード歌謡を取り入れた楽曲。売上げが大幅ダウン。

94年に解散。

4月に解散を発表し、ラストシングル(14th)「You’re my treasure〜遠い約束」を7月にリリース、その直後よりファイナルツアー「CoCo夏’94 CoCo was CoCo made」(7月~8月)を行った。

9月30日を以って解散となり、5年間の活動に終止符を打った。

「You’re my treasure〜遠い約束」(94/オリコン最高17位・4.0万枚)…ラストシングル。アイドル冬の時代を支え精力的に活動していたものの、厳しい時期には勝てなかったか…。あっちゃんがいた5人時代のほうが、歌唱力的にもメンバーの立ち姿的にもバランスが良かったように思いました。ファイナルツアー最終日にはあっちゃんも出演しました。個々に芸能活動を続けていきますが、さてさて、生き残るのは誰?

解散後は各々芸能活動を継続していく。

CoCo②へ続く)


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