• 80年代アイドルを紹介しています。

渡瀬麻紀

本名:渡瀬麻紀
1969年2月22日生まれ
三重県鳥羽市出身 O型
「パールモンド・Kiss」
(1987年6月1日)
事務所:エステー企画
レコード会社:ポリドール
キャッチフレーズ:真珠のような女の子

小学生の頃より、松田聖子の大ファンであり、鏡の前で完全コピーをするほどであったという。彼女に憧れ、歌手を目指す。1986年に雑誌「ヤングジャンプ」のクィーンコンテストでグランプリを獲得し、芸能界へ。バラエティ番組のレギュラー出演を経て、87年6月に「パールモンド・Kiss」でアイドル歌手としてデビュー。

同期は、同期には酒井法子立花理佐畠田理恵BaBeがいた。彼女らが人気音楽番組で歌を頻繁に披露する機会に恵まれたのと比較すると、彼女は少ない状態であった。歌う姿より、情報番組のアシスタントやクイズ番組での回答者などのタレント活動で見かけることのほうが多く、その際、出身の鳥羽なまりのトークがユニークであるものの、目立つ存在ではなかった。一般的にいう”売れないアイドル”の部類に属していた。

「パールモンド・Kiss」(87/オリコン最高43位・2.0万枚)…ちょっと前時代的な香りもする楽曲。三重県鳥羽出身ということもあり、2番には”パールピアス”という歌詞が登場。アイドル業界が迷走を始める時代ですが、まだアイドルは♪清く正しく美しく~の時代。佇まいはアイドルだが、トークは方言丸出しで、田舎臭いカンジがありました(滝汗)。

「I Love You」(87/オリコン最高56位・1.3万枚)…マイナー調ですが♪アラビュ~ アラビュ~の連呼が耳に残る楽曲。私のなかで渡瀬麻紀といえば、この曲です。
素朴でストレート、自然なビブラート…伸びやかな歌声。歌唱力に申し分なしですが、売れなかった…。

夢のアイドルになったものの、服や歌に違和感を覚えるようになっていたという。事務所の社長に無断でボロボロなジーンズにTシャツという服装で歌い、怒られ、正直に気持ちを話したところ、ロックバンドを組むことになったという。デビューの翌年には、”LINDBERG”を結成し、シングル3枚でアイドルを廃業する。

アイドル時代は、水着姿も披露しています。
きっと、こういう仕事にも違和感を感じたことでしょう。

アイドルはシングル3枚で終わり。
「ノーカウント」(88/オリコン100位圏外)…作詞・秋元康 作曲・芹沢廣明。ふたりのヒットメーカーが手がけましたが、さっぱり売れませんでした。

80年代後半は、音楽業界は曲がり角を迎えており、試行錯誤している時期。アイドル全盛期は過ぎ、やって来たのが、バンドブーム。それは”アイドル冬の時代”の到来でもあった。人気に陰りの見えてきた本田美奈子や菊池桃子など、バンド活動を行うものも現れた。

また、お笑いに走るバラエティーアイドル(バラドル)も登場し、アイドル以上の人気を獲得する者もいた。グラビアで活躍するグラビアアイドルが勢いを持ち始めたのもこの頃である。純然たるアイドルが受ける時代ではなくなっていた。

●ロックへ転向したアイドル

RAMU(ラ・ムー)「愛は心の仕事です」(88/オリコン最高9位・10.1万枚)…清純派アイドルの桃チャンがロックバンドを結成。ブラックミュージックっぽいサウンドで、黒人バックコーラスまで従えての登場。しかも、アイドル時代と変わらない囁き唱法…「コレはロックなの?」と世間はザワザワ。直立不動で歌うことの多かった桃チャンのダンス姿が見られたのが、収穫でしょうか(笑)それにしても、凄い肩パットがバブリ~(by平野ノラ)。

MINAKO with WILD CATS「あなたと、熱帯」(88/オリコン最高10位・4.0万枚)…実力派アイドルが女性のみのロックバンドを結成し、脱アイドルへ。アイドル時代もロックぽい楽曲のリリースがあり、桃チャンほどの意外性はありませんでしたネ。この楽曲は作詞を松本隆、作曲を忌野清志郎が手がけ、話題となった。

”LINDBERG”は平川達也と彼の音楽仲間であった川添智久、小柳昌法で結成されたバンドである。

89年に「ROUTE 246」でデビュー。2nd「今すぐ Kiss Me」がドラマ「世界で一番君が好き!」の主題歌に起用され、大ヒットとなる。

「今すぐ Kiss Me」(90/オリコン最高1位・61.0万枚 年間3位)…トレンディドラマ「世界で一番君が好き!」の主題歌で大ヒットとなり、一躍有名に。彼女らの最大ヒットであり、名刺代わりの1枚です。ドラマのオープニングの三上博史と浅野温子のキスシーンが話題となりました。

長かった髪をバッサリ切り、ロックバンドのヴォーカリストという風情。歌声もアイドル時代とは違い、ビブラートは封印。
名前も”渡瀬マキ”として、再出発となった。

一躍人気バンドとなり、ヒット曲を連発していくこととなる。最初は、多方面から楽曲提供されたいたが、次第に作詞は渡瀬、作曲は平川、川添、小柳がが手がけるようになる。

なお、95年からは、”渡瀬マキ”名義でソロアルバムをリリースしている。

●LINDBERGの主なヒット曲

「Dream On 抱きしめて」(90/オリコン最高2位・22.0万枚  アルペンCMソング、国際スポーツフェア’90春イメージソング)
「BELIEVE IN LOVE」(91/オリコン最高2位・40.0万枚  バラエティ番組「夢で逢えたら」オープニング曲)
「恋をしようよYeah!Yeah!」(92/オリコン最高1位・39.6万枚  コカコーラCMソング、「第43回紅白歌合戦」出場曲)
「胸さわぎのAfter School」(93/オリコン最高5位・55.0万枚 進研ゼミCMソング)
「だってそうじゃない!?」(93/オリコン最高1位・46.9万枚 AXIA CMソング)
「GAMBAらなくちゃね」(94/オリコン最高1位・30.3万枚 進研ゼミCMソング)
「もっと愛しあいましょ」(95/オリコン最高5位・35.2万枚 「かざあなダウンタウン」テーマ曲)
「every little thing every precious thing」(96/オリコン最高5位・31.1万枚 パナソニックハイビジョンCMソング)

「恋をしようよYeah!Yeah!」(92/オリコン最高1位・39.6万枚)…コカコーラのCMソングでしたので、耳にする機会も多かったと思います。「第43回紅白歌合戦」初出場曲。売れに売れた90年代を代表するバンドでしたが、意外にも1回だけの出場。

97年に平川達也と結婚。02年にLINDBERGが解散となり、14年間のバンド活動に終止符を打った。90年から96年まで根強い人気があり、バンドブームを象徴する存在であった。

その後、彼女は出産を経験。子供服ブランドを立ち上げたり、子供番組のテーマソングをリリース。夫とのユニットも結成し、音楽活動を継続していた。

14年にLINDBERGが結成25周年を迎えるのに伴い4年ぶりに再始動となった(09年に期間限定で再結成していた)。そのころより、情報番組やバラエティ番組にも出演し、15年には「第8回ベストマザー賞」音楽部門を受賞するなど、タレントとして活動も顕著にみられるようになっていた。

しかし、18年4月に”機能性発声障害”と診断されたことを明らかにし、「きちんと治療をすることが、今、私に出来る最善」とコメントを発表している。


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