• 80年代アイドルを紹介しています。

後藤久美子

本名:後藤久美子
1974年3月26日生まれ
東京都杉並区出身 O型
デビュー曲:「teardrop」
(1987年3月18日)
事務所:オスカープロモーション
レコード会社:日本コロムビア

小学校5年生のときからモデルを始める。86年、ドラマ「テレビの国のアリス」のヒロイン役で女優デビューした頃より、本格的に注目される。

●子役モデルとして活動

CM「キットカット」(85)…同時期に子役モデルとして、宮沢りえも活動しており、彼女と共演したCM。同学年ということもあって仲が良く、良きライバル関係でもあったという。
りえチャンはその後、「三井のリハウス」のCMで脚光を浴びます。

子供らしからぬ整った顔立ちに世間が驚き、その後、「続・たけしくん、ハイ!」、大河ドラマ「独眼竜政宗」などに出演。また、大手企業のイメージキャラクターとしても起用されていく。一躍、時の人となり”ゴクミ”と呼ばれ、「国民的美少女」を謳い文句に活動が加速していく。

大人びたルックスだけではなく、クールな表情でハッキリものを言う性格にも脚光を浴び、「ゴクミ語録」という書籍も出版されている。

●国民的美少女と呼ばれ
CMに多数出演

住友スリーエム「スコッチ」ヤマザキビスケット「チップスター」
ほかにも大正製薬「パブロン」、花王「エッセンシャル」、ポッカ「元気であいさつ」など大手企業のCMに引っ張りだこでゴザイマシタ。

87年3月には、「teardrop」でアイドル歌手として音楽業界にも進出。ヒットメーカー(作詞・来生えつこ、作曲・筒美京平、編曲・武部聡志)によるメランコリックなマイナー調の楽曲で満を持してデビュー。

喋り方どうりの淡々とした無機質な歌唱が楽曲の世界観とフィットし、オリコン上位にランクインする。しかし、「歌はやりたくない」という旨を歌手デビュー前より語っており、テレビでの歌唱披露もなく、女優やモデル業に軸足を置いた活動をしていた。音楽活動は僅か1年という短期間で終了となった。

●歌手デビュー

「teardrop」(87/オリコン最高3位・7.3万枚)…DENONコンポのCMで流れておりました。87年4月の「ザ・ベストテン延長戦」でランキング11位に登場するが、出演はなし。(15歳未満のため労働基準法の関係もありました)。

リリース直後に人気絶頂の中山美穂主演のドラマ「ママはアイドル」に出演。2大アイドルの共演ということで話題でした。計算したであろうデビューでしたネ!翌年、「初恋に気づいて」(88/オリコン最高10位・3.4万枚)をリリース。THE ALFEEの高見沢俊彦による作詞・作曲。ゴクミはアル中(アルフィー中毒)と語る程のファンでした。2ndにしてラストシングルとなりました。

●ドラマ「ママはアイドル」
 中山美穂と共演

所属事務所のオスカープロモーションは、87年8月に「第1回全日本国民的美少女コンテスト」を開催。その後、不定期ながらも継続し、現在も行われている。このオーディションは今や「ホリプロタレントスカウトキャラバン」と並び称される一大オーディションとなり、オスカープロが世間に知られるきっかけとなったものである。

アイドル業界は「第2のゴクミ」を探せという風潮になり、ローティーンの少女達が注目されることとなった。”美少女ブーム”と呼ばれるものである。このなかで、コンテストの第1回優勝者の藤谷美紀を始め、坂上香織小川範子喜多嶋舞などが美少女アイドルとしてクローズアップされ、歌手デビューを果たしている。

89年ごろまでが美少女ブームの第一人者として捉えられ、多くの作品に主演女優として抜擢されている。映画では「ラブストーリーを君に」(88)、「ガラスの中の少女」(88)、ドラマでは「痛快!ロックンロール通り」(88)、「風少女」(88)、「アイラブユーからはじめよう」(89)などで、際立った美貌を披露していた。

映画

映画では「ラブストーリーを君に」(88)では仲村トオルクンと共演。「ガラスの中の少女」(88)では、駆け出しの新人であった吉田栄作クンが相手役であった。

●ドラマ

「痛快!ロックンロール通り」(88)は沢口靖子サンとW主演。「風少女」(88)では津川雅彦サンや野村宏伸クンが出演。

”美少女ブーム”は80年代中盤のおニャン子クラブに代表される「普通っぽさ」のアンチテーゼして、プロダクション・メディア・テレビサイドが強く仕掛けたものだったように思えた。
それにしても短期間にドラマ、CM、映画と多くの作品に登場し、ゴクミを見ない日はないというくらいだった。
その後は宮沢りえ、牧瀬里穂、観月ありさなどが次なる美少女ブームの牽引者となっていった。

女優、モデル業も安定期に入り、93年に「もう涙は見せない」の主演、映画「男はつらいよ」に5度に渡り出演。また「シティーハンター」では、ジャッキー・チェンと共演し、話題となった。

映画「男はつらいよ」(89-95)、映画「シティーハンター」(93)
さまざまな役を演じていてもどこかクールな空気が漂い”後藤久美子”であったような気がする。話題作に数多く出演しながらも、女優としてはコレといった作品はなく、いまひとつ火が点かなかった印象である。

順調に活動を続けるなか、95年にF1レーサーのジャン・アレジと交際が発覚し、後に結婚(事実婚)となり、スイスに在住となる。以後の芸能活動は、散発的にグラビアやCMに出演する程度となっている。

2017年には娘のエレナの芸能界デビューに伴い久々に公の場に姿を見せ、衰えない美貌に再び世間が注目した。

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藤谷美紀

本名:金谷満紀子
1973年9月15日生まれ
愛知県名古屋市出身
O型
デビュー曲:「転校生」
(1988年4月5日 )
事務所:オスカープロモーション
レコード会社:ワーナーパイオニア

1987年に「第1回全日本国民的美少女コンテスト」でグランプリを受賞し、芸能界入りとなる。応募のきっかけは、副賞で仲村トオルと映画で共演できるから…ということであったという。

その後、バラエティ番組「美少女学園」、映画「ラブストーリーを君に」の出演を経て、88年4月に「転校生」で歌手デビュー。美少女ブームの火付け役の後藤久美子所属プロダクションのオーディション第1回グランプリということで、歌手デビュー前から注目されており、オリコンチャートでTOP10入りを果たし、好調なスタートを切った。

●歌手デビュー

転校生」(88/オリコン最高10位・6.2万枚)…「ザ・ベストテン」では、10位内には入れませんでしたが、注目の新人として”今週のスポットライト”のコーナーに登場。学園モノのドラマでヒロインを演じたい!とインタビューで答えている。このデビュー曲はそんな感じですね。歌いだしのこのポーズは歌いにくくないのだろうか…と思ったものである。芸名は、後藤久美子の「藤」と、美少女の「美」とを本名の一部に付け加えたものである。

しかし、88年ごろからアイドル冬の時代が到来。コンスタントに楽曲リリースするが、アイドル歌手としては際立つ存在にはなれなかった。また、所属事務所の先輩だった後藤久美子のニックネームであるゴクミを真似た”フジミ”という愛称も一般的には浸透しなかった。

2nd「応援してるからね」(88/オリコン最高17位・2.6万枚)…野球部の男の子を応援するガンバレソングをユニフォーム風の衣装で歌っていました。

3rd「たったひとりの神様」(88/オリコン最高16位・2.5万枚)…徐々にセールスダウンでしたが、ここまではTOP20内に送り込んでおり、逆転もあるかも…と思っていました。ゴクミと違って音楽活動には意欲的であったようで、新人賞レースにも参加し、「ゴールデンアロー賞」音楽新人賞に入選しています。

6th「君の名前」(89/オリコン最高40位・0.9万枚)…この頃になるとテレビでは見るもののサッパリ売れてません。が、デビュー2年目で活躍する歌手に贈られる「日本テレビ音楽祭」金の鳩賞を受賞。コレはゴリ押しデショ(笑)

平行して女優としても積極的に活動しており、朝の連続テレビ小説「凛々と」(90)に出演、映画「のぞみウィッチィズ」(90)では主演を務めるなどで活躍していた。91年に歌手を廃業し、女優業に専念していくこととなる。

●主演映画

「のぞみ・ウイッチィズ」(90)…初主演映画。集英社「週刊ヤングジャンプ」にて連載されていた青春ボクシング漫画の映画化。主題歌「BELIVE IN MYSELF」(オリコンチャートインせず)も担当。共演は宮下直紀クン。88年に「№1」でアイドル歌手としてデビュー。なのでフジミとは同期ってことネ。「千代の富士物語」(91)が代表作。「スクール☆ウォーズ2」(90-91)にも出演しておりました。

女優として舞台や映画、CMにと精力的に出演。93年には「わが愛の譜 滝廉太郎物語」、「女ざかり」で芝居を披露する機会に恵まれた。どちらも話題作で、後者では吉永小百合の娘役での出演であったが、本格的なブレイクとはならなかった。

連続ドラマのゲスト出演や2時間ドラマでしばしば姿を見かける存在で、こじんまりと纏まってしまった印象であるが、主演した2時間ドラマのいくつかがシリーズ化されている。

●CM

NTT「100年目の電話生活」(90-91)CMなのに田中邦衛、中井貴一、薬師丸ひろ子、高嶋政宏らの豪華キャスト。バブルの時代デス。お金かかってます。彼らに混じって、次女を演じていました。

●2時間ドラマで活躍

2時間ドラマ「狩矢父娘」シリーズ…19作続いています。原田龍二サンと出演。ほかにも「京都祇園入り婿刑事事件簿」シリーズ(12作)、「内田康夫サスペンス・福原警部」シリーズ(5作)などに主演クラスで登場。”2時間ドラマの女王”は片平なぎさサンだけじゃない?それにしても、鼻の下のホクロは何時からなくなったのでしょう?

また、「赤毛のアン」のアン・シャーリーの吹き替えやアニメ「るろうに剣心」の神谷薫役で声優にも挑戦している。

2010年には主演した昼ドラ「新・愛の嵐」で共演した俳優の鈴木浩介と交際が報じられたが、12年に一般男性と結婚(妊娠8カ月)。13年に男児、15年に女児を出産している。

子育てが中心となっているようだが、現在も女優として活動中である。

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細川直美

本名:細川知保
1974年6月18日生まれ
東京都杉並区出身
O型
デビュー曲:「君はどこにいるの」
(1989年4月25日 )
事務所:オスカープロモーション
レコード会社:ワーナーパイオニア

1988年に「第2回全日本国民的美少女コンテスト」のグランプリを受賞して芸能界入り。89年にアイドル歌手として「君はどこにいるの」でデビューとなる。後藤久美子、藤谷美紀に次ぐ「国民的美少女」として所属プロダクション期待の新人アイドルであった。リスなどの小動物を髣髴させるような可愛い顔立ちに、幼い少女らしい歌声が、なんともアイドル的で、前のふたりより高いアイドル性を発散していた。

公式に発表されたニックネームは”ナヴィ”であり、2ndは「ナヴィのはじめて物語」という作品。

●歌手デビュー

「君はどこにいるの」(オリコン最高53位・1.1万枚)…♪La La La どこに どこに どこに どこにいるの そばに そばに そばに そばにいるよ ~というアイドルど真ん中という趣の青春歌謡。
それを屈託なく歌う”ナヴィ”が可愛いです。アイドル冬の時代に潔く勝負しましたが、時代が求めていたアイドルとは、ちょっと違うかな…。順位、売上げともに淋しい状態でした。

年末の新人賞レースには、3rd「ダブルブッキングなんか怖くない」で参戦。しかし、彼女は6~7番手であり、音楽祭によっては選から漏れることもあった。

翌年に4th「バイバイBOYにしてあげる」をリリースし、歌手活動は終了となってしまった。

●公式ニックネームは”ナヴィ”

「ナヴィのはじめて物語」(89/オリコン最高91位・0.4万枚)…”ゴクミ”、”フジミ”と来たから”ホソミ”となると思ったら”ナヴィ”でした。しかし、”ナヴィ”と呼ぶ人は聞いたことがないけど…。ヒットしたら浸透した?コレ以降、ユニークな作品をリリースしていきます。

新人賞レースに参戦するも
シングル4枚、アルバム2枚で
歌手活動は短期で終了

「ダブルブッキングなんか怖くない」(89/オリコンチャートインせず)…生まれ持った美貌のために次々と恋人が変わるといった旨の歌詞。タイトルには、いずれ売れっ子になるという意味もあるんでしょうネ。新人賞レースの勝負曲でありますが、チャート圏外でした。

ラストシングル

「バイバイBOYにしてあげる」(90/オリコンチャートインせず)…ロシア民謡歌謡?衣装がなんか大阪のおばチャン的ですネ。

その後、ドラマ「水戸黄門」の準レギュラーとしての出演もあったが、目立たない存在となっていた。そんななか、93年の連続テレビ小説「かりん」でヒロインに抜擢され、知名度を上げる。

以後、女優が活気付いていくこととなる。95年に出演した「星の金貨」では、ヒロインの恋敵となる院長令嬢役で見せた猪突猛進ぶりは鮮烈なインパクトを残した。以後、この手の役が十八番となった模様。

女優業に専念

●NHK朝ドラのヒロイン

朝ドラ「かりん」(93)…信州諏訪の老舗味噌屋の娘・千晶役。周りとの葛藤を経て成長し、傾きかけた生家を盛り返すようすを描いた。連続テレビ小説の第50作目であり、十朱幸代、石坂浩二、岸田今日子、筒井道隆など豪華メンバーが脇を固めた。

●高視聴率ドラマ「星の金貨」で熱演

ドラマ「星の金貨」(95)…酒井法子主演の高視聴率ドラマ。秀一(大沢たかお)と結婚するためなら、手段を選ばない祥子役を熱演(怪演!?)。のりピー、大沢たかおサン、竹野内豊サン、西村知美チャンなど皆イイ味出していました。

女優で活躍する傍ら、バラエティ番組の出演も多く、ドラマのイメージと違う天真爛漫ぶりが見られた。また、CM「武富士」での摩訶不思議なダンスも印象的であった。

●CM

CM「武富士」(96-98)…消費者金融のCMである。一般的にあまり良いイメージがないため、お仕事に恵まれないタレントがする仕事であると思っていましたが…人気女優のナヴィ(と呼ぶ人はいませんでした)が登場。なぜ?そしてなぜにクネクネとダンスを踊っているの?

●写真集

写真集「ZEAL」(93)…バラエティ出演時は、よく笑い爽やかなイメージで、SEXYな印象はありませんでしたが、際どいショット満載の写真集も発表しています。

02年10月に俳優の葛山信吾と結婚。結婚1年前にレストランで出会い、交際に発展し、結婚に至ったとのこと。当時、葛山は昼ドラ「真珠夫人」でヒロインの相手役でブレイクした直後であり、細川の誕生石が真珠であったため、芸能ニュースで話題になった。03年に長女、06年に二女を出産している。

●俳優・葛山信吾と結婚

葛山信吾…90年に「第3回ジュノンボーイコンテスト」で優勝「仮面ライダークウガ」(00)に出演し、主演のオダギリジョーらと共にイケメンヒーローの火付け役となる。「真珠夫人」(02)が代表作。写真右はドラマのハイライト、妻に”たわしコロッケ”を出されたときのものである。

正統派の俳優サンといった印象ですが、意外にも10周年記念写真集「sama・sama」でギリギリのヌードを披露しています(驚)…ヘアが見えてる!?見えてない?というSEXYショットをギリギリでトリミングしました(笑)

芸能活動を控えていたが、13年からは活動が活発化し、「ママさんタレント」的活動を行なっている。

●書籍・CD・DVDなど———————————————————


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