• 80年代アイドルを紹介しています。

Wink

・相田翔子
1970年2月23日 生まれ
東京都武蔵野市出身。 B型
・鈴木早智子
1969年2月22日生まれ
東京都出身 A型

デビュー曲:「Sugar Baby Love」 
(1988年4月27日)
事務所:アップライトミュージック
レコード会社:ポリスター

早智子と翔子のふたりはワニブックス社の雑誌「UP TO BOY」が開催したコンテストであるミス・アップの入賞者で、1988年に「Wink(ウィンク)」を結成する(早智子は第7代、翔子は第9代のグランプリ)。

この結成までは、個々に芸能活動をしていたという。

翔子…中学生の時に渋谷でスカウトされ、芸能事務所に所属し、モデルとして活動しながら、歌のレッスンを受けていたという。16歳(高2)の時に歌手デビューの話があり、レコーディングも済んでいたものの校則で禁止されていたため、実現とならなかった。87年に雑誌「UP TO BOY」の第9代ミスアップ・グランプリを受賞となる。

早智子…中学生の時にアニメソングのオーディションに合格するも辞退。高校に進学するが、退学し、バイトをしながら、レッスンを受けるようになる。芸能事務所に所属していたこともあったという。86年には、「第1回ロッテCMアイドルは君だ!」に出場し、最終選考まで残るもグランプリは逃す。同年「UP TO BOY」のミス・アップ第7代グランプリを受賞し、芸能事務所にスカウトされる。しかし、ほぼ活動は無かった。

この二人で、グループを組ませようという話が出たのは、デビューからわずか2ケ月前だという。

74年にデビューしたイギリスのバンド、ルベッツのカバー「Sugar Baby Love」で88年4月に「Wink」として、デビューを果たした。南野陽子主演のドラマ「熱っぽいの!」の主題歌に起用され、オリコンTOP20に登場し、まずますのスタートを切った。しかし、テレビでの露出は多くなく、目立たない存在であった。

2nd「アマリリス」はノスタルジックなフォーク路線の楽曲。前作より売上げはダウンし、ヒットには至らなかった。この頃は、キャンペーンでは観客が入らず、楽屋で泣くこともあったという。

1st「Sugar Baby Love」(88/オリコン最高20位・6.1万枚)…ドラマ「熱っぽいの!」主題歌。74年にルベッツがリリースした作品のカバーである。2nd「アマリリス」(オリコン最高30位・1.4万枚)はフォーク路線。カバーとフォーク…古きよきポップスの再現という路線を狙っていたのかも?活動後期に再びフォーク路線の楽曲をリリースします。グループ名は当初、oz(オズ)やTwinkle(トゥインクル)などが候補として挙がっていたが、マネージャーが提案したWinkに決定したという。

88年の秋から冬にかけて放送された南野陽子主演のドラマ「追いかけたいの!」の主題歌に起用された「愛が止まらない 〜Turn it into love〜」が、ドラマが終了してからもジワリジワリとチャートを上昇。翌89年にTOP10入りし、最終的には1位を獲得(1位到達までは12週目を要した)。「ザ・ベストテン」、「歌のトップテン」などのチャート番組でも1位獲得となる。

テレビで頻繁に彼女たちを見かけるようになると、巷で話題になることがあった。それは、「無表情」ということ。

それまでのアイドルは、”笑顔”が基本であったが、無表情でマリオネット風にぎこちなくフリツケをし、歌う。「常に極度の緊張で真顔になってしまうから」と語っていたが、それが話題を呼びに呼んだ。個性と捉えられ、楽曲のよさと相まって「愛が止まらない 〜Turn it into love〜」は大ヒットとなった。

当時は、アイドル系のシングルは登場週が最高順位、後は下がっていくという曲が大半であったが、オリコンTOP100内に40週滞在するロングランを記録した。

この楽曲は、オーストラリアのアーティストであるカイリー・ミノーグの楽曲のカバーである。彼女らのカバーの効果もあってか、本家も日本の洋楽シングルチャートにて1位を獲得する大ヒットとなった。

●「愛が止まらない 〜Turn it into love〜」大ヒット

3rd「愛が止まらない 〜Turn it into love〜」(88/オリコン最高1位・64.5万枚 89年・年間第5位)…ドラマ「追いかけたいの!」主題歌。「ザ・ベストテン」では、88年の12月に”今週のスポットライト”のコーナーに登場。89年1月5日放送で初登場で、唯一、「昭和64年」初登場の曲デス。

最終的に1位もゲット!長期にわたり10位内に滞在し、次作「涙をみせないで」と5週ダブってランキングされた。「無表情」のほかに、ふたりともどこか儚げな雰囲気を醸し出し、顔立ちも似ていたため「双子なの?」とこともよく言われていましたネ。洋楽のカバー楽曲でありますが、及川眠子サンの歌詞は実によくメロとハマり、左右非対称のフリツケは斬新で、見て聴いて良しの楽曲でありました。

80年代後半は、バブル最盛期であり、ディスコブーム。アイドルシーンはユーロビート系の洋楽カバーブームとなっていた。荻野目洋子が「ダンシングヒーロー」(85)で、長山洋子が「ヴィーナス」(86)で人気歌手の仲間入りを果たし、BaBeが「Give Me Up」(87)でデビューから話題を集めていた。また、早見優が「ハートは戻らない (Get out of my life)」(87)で再びスポットライトを浴びていた。

早見優「ハートは戻らない (Get out of my life)」(87/オリコン最高15位・13.2万枚)…ドイツ出身の女性シンガー、Lady Lilyの86年ヒットのカバー。「ザ・ベストテン」では「誘惑光線・クラッ!」(84/オリコン最高7位・15.5万枚)以来のランクイン。ロングランとなり、当時、流行っていた12インチも発売。その後も同路線の曲をリリースするも、ヒットにはならず。破れたジージャンと片方だけ短いジーパン姿で激しく歌い踊る姿が印象的でした。

勢いが止まらない中で発売された「涙をみせないで~Boys Don’t Cry~」は、ユーゴスラビアのユニット、ムーラン・ルージュの楽曲のカバー。とっびきりメジャーな楽曲で、この曲も各チャートで1位を獲得。

また、このころは、歌謡曲が下火となり、新しい音楽が求められ、バンドブームが巻き起こりはじめていた。
昭和から平成へ変わっていく時期に登場した、洗練された楽曲を笑わないで歌うアイドルは、新しい時代の新しいアイドルという趣で鮮烈であり、トップアイドル街道を本格的に驀進し始めた。

●「涙をみせないで~Boys Don’t Cry~」もヒット

4th「涙をみせないで-Boys Don’t Cry-」(89/オリコン最高1位・52.3万枚、89年・年間10位間)…前作とはカラーを変えた、ポップで明るい楽曲をリリース。♪Sick-sick-sick~と実に口ずさみやすい。

”笑わないアイドル”ということでしたが、このPVでは、ふたりの笑顔が多く見られます。弾けた感じがちょっと前年デビューのBaBeっぽい?

Wink旋風が吹き荒れるなか「淋しい熱帯魚」をリリース。2作連続で洋楽をカバーしてきたが、このたびはオリジナル曲のリリースとなった。
サビ部分の「大魔神ポーズ」と呼ばれることもあった印象的なフリツケが男女問わず広い世代でモノマネされ、Winkのイメージを決定づけるものになった。

続く「One Night In Heaven 〜真夜中のエンジェル〜」もヒットとなる。音楽活動だけでなく、雑誌のグラビア、バラエティ番組にも出演。明治製菓、Panasonic、山之内製薬、オリエント時計など大手企業のCMにも登場となる。また、ふたりが主演の単発ドラマも放映されるなど、テレビで見ない日はないほどの人気を誇るようになっていた。

ピンク・レディー以来、大成功を収めた女性デュオであったため、いつしか”平成のピンク・レディー’という声も聞かれるまでになっていた。

CM

ブレイクすると多くの企業のイメージキャラクターに起用された。なかでも下記の2社は長く務めたもの。

明治製菓(89 -92)…お菓子のCM出演は人気アイドルに不可欠。勿論、♪チョコレートは明治~の歌を披露!
Panasonic(89-91)…「相田サン」、「鈴木サン」というセリフのやり取りが印象的で、覚えているヒトも多いのでは?ファンからは、ショーコ、サッチンと呼ばれていましたネ。新曲が出るたびにCMソングとして流れていました。

モノマネ 

やまだかつてないWink…山田邦子と横山知枝によるパロディのユニット。89年、「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」で山田が翔子のモノマネを行い”日本全国早智子を探せ”で視聴者から早智子役を募集し、横山が選ばれた。翌年に「“T”intersection~あなたに戻れない~」(90/オリコン最高10位・13.3万枚)でデビューし、2nd「さよならだけどさよならじゃない」(91/オリコン最高2位・26.9万枚)で解散。のちに横山は「Happy Birthday」(90/オリコン最高2位・12.6万枚)でソロ歌手としてデビュー。しかし、その後はパッとせず、96年にヌード写真集「潤〜うるおい〜」を発表。11年に引退。

年末の「第31回日本レコード大賞」での大賞有力候補の一組と目されていた。この年、美空ひばりが亡くなっており、下馬評は、軍配は昭和の歌姫にあがるというものであったが、それを覆し、「淋しい熱帯魚」で見事レコード大賞獲得となった。また「第40回NHK紅白歌合戦」への出場も果たした。ちなみにこの年はピンク・レディーも再結成し、出場をしている。

●「淋しい熱帯魚」大ヒットで「第31回日本レコード大賞」大賞受賞

5th「淋しい熱帯魚」(オリコン最高1位・56.4万枚 89年・年間7位)…Winkといえばコレでしょう。その知名度と浸透力は、なんといっても♪Heart on wave~の部分の大魔神ポーズ。勿論、無表情でキメるワケです(笑)チョット奇妙で、皆(私も)、マネをしておりました。前作までの無表情や無機質さは緊張からくるものであったでしょうが、この曲からは意識してやっていたのではないかと思います。30年たった現在も「日清やきそばUFO」のCMで内田裕也サンがやってます。この楽曲のリリースで個性的な「Winkの世界」が出来上がった感じ。

「第22回全日本有線放送大賞」グランプリ、「第31回日本レコード大賞」大賞受賞、「第40回NHK紅白歌合戦」にも出場。

「紅白歌合戦」初出場

90年第1弾シングル「Sexy Music」もヒットし、5曲連続オリコンチャート1位を獲得。しかし、アイドルには厳しい時代の活動であったため、最後の1位の獲得となった。以降は大ヒットこそなかったが、中規模なヒットを繰り出し、アイドル不在の音楽業界に彩りを添えてくれていた。

6th「One Night In Heaven 〜真夜中のエンジェル〜」(89/最高1位・42.3万枚)…”マリオネット”という世間の声を逆手に取り、フリツケの中にお互いをからくり人形に見立てるフリをブチ込みました。片方が糸を操る様に腕を回して、もう片方は引っ張られ、クルクル回る。一歩間違うとお笑いになってしまうところを緊張感を保ち、上品に仕上げました。

7th「Sexy Music」(90/最高1位・32.9万枚)…ノーランズの楽曲をカバー。現時点において、最後のオリコン1位獲得曲。フリツケも衣装も可もなく不可もないアッサリ風、今までのようなゾクゾク感にチョッピリ欠けていたかな?

人形的で無機質な世界観を大事にしながら、ラテンやサンバ、ヨーロッパ、ロシア民謡的な要素を取り入れるなど、さまざまな作品をリリースしていく。(「淋しい熱帯魚」で確立したその勢いで突き進んでいるかのようにも見えた…)

8th「夜にはぐれて 〜Where Were You Last Night〜」(90/オリコン最高2位・29.1万枚)…イントロがSFチックで、メタリックな衣装に身を包みダイナミックなフリツケを披露。
9th「ニュームーンに逢いましょう」(90/オリコン最高2位・24.9万枚)…中華ユーロポップス。
10th「きっと熱いくちびる~リメイン~」(91/オリコン最高2位・17.5万枚)…クラシカルでヨーロッパ的な冷ややかな楽曲だが、サビが頭のなかでグルグル…中毒性がありマス。個人的にコレ、スキです(笑)

11th「真夏のトレモロ」(91/オリコン最高3位・22.5万枚)…ラテン系でキャッチー。サビ部分の♪だって Dang-Dang~のフレーズとフリツケを覚えている人も居るのでは?中期の代表曲でしょう。

12th「背徳のシナリオ」(91/オリコン最高3位・19.6万枚)…イントロが荘厳でロシア民謡的。当時、流行っていたビジュアル系バンドに対抗したかのような仰々しい曲調と黒ずくめの衣装デシタ。

13th「追憶のヒロイン/イマージュな関係」(91/オリコン最高5位・13.6万枚)…唯一の両A面シングル。両曲ともアニメ「わたしとわたし ふたりのロッテ」に起用された。「追憶のヒロイン」はサンバ系の楽曲。ブロックの追加ブロックの追加

緩やかに下降線を描いていた人気であるが、92年ごろから落ち着いた感が漂い、「無表情に歌い踊るマリオネット」というイメージではない、次の路線を模索している模様で、ロック調・ダンスチューンなどの激しい楽曲やいままでの流れとは異なる作品などのリリースも見られた。また、個々にCDをリリースしたり、ドラマや映画に出演したりと、ソロ活動も行うようになっていた。

14th「摩天楼ミュージアム」(92/オリコン最高4位・14.2万枚)…ド派手な歌謡ロック。♪ゲッバゲッバ~(笑)
15th「ふりむかないで」(92/オリコン最高7位・13.2万枚)…62年リリースのザ・ピーナッツのカバー。今までの流れから見ると唐突で「アマリリス」の次ならおかしくないが、売上げ減少のテコ入れ?売上げは上昇せず、横ばい。
17th「永遠のレディードール~Voyage Voyage~」(93/オリコン最高19位・6.9万枚)…86年にリリースされたデザイアレス「Voyage Voyage」のカバー。「淋しい熱帯魚」リリースの際に候補に挙がったという…囁くような繊細な歌声で心地良いですが、この曲ではオリコンTOP10入かなわず、記録は14作連続で途切れました(涙)

そんななか、93年秋に資生堂のCM「プルミエ」に登場。CMソング「咲き誇れ美しさよ」がヒットとなり、少し大人になったWinkにスポットライトが当たった。

それまでは、豪華な衣装を身に纏いオルゴール人形的な佇まいだったが、”笑顔で自然体のWink”という風情にイメージチェンジ。歌唱時の衣装もシンプルなものを着用し、新たな一面を見せた。

19th「咲き誇れ美しさよ」(93/オリコン最高9位・33.7万枚)…資生堂の化粧品「プルミエ」のCMソング。作詞: 大黒摩季、作曲: 織田哲郎。当時人気であったJ-POP系アーティストの力を借りて本格イメチェン。今までのWinkとは違い、ずっと追っかけてきたファンはどうだったのだろう?3作ぶりにオリコンでTOP10入り、売上げ30万枚越えを果たした。しかし、不思議なことに、この路線は継続しなかった。彼女らの最後のヒット曲らしいヒット曲となった。

その後は、懐かしいが新しい感じのする作品、時代の半歩先を行くような音楽のリリースをしていた。売上げは萎んでいったが、挑戦的且つ高品質な作品をリリースしていた。

20th「いつまでも好きでいたくて」(94/オリコン最高19位・7.9万枚)…作詞に秋元康を迎えている。フォーク路線の楽曲。シマダヤ「鉄板麺」CMソング。

21st「トゥインクル トゥインクル」(94/オリコン最高28位・7.4万枚)…前作に引き続き作詞に秋元康を起用。TOKYO CITY KEIBA「トゥインクルレース」のCMソング。♪トゥインクル トゥインクル~ってサビ聞き覚えありませんか?
24th「JIVE INTO THE NIGHT~野蛮な夜に~」(95/オリコン最高92位・0.6万枚)…ハイパーユーロ。パラパラといった趣の楽曲。安室奈美恵の「TRY ME~私を信じて~」のヒットがこの年でありました。

96年3月31日をもって約8年間に及んだ活動を停止。解散の理由は、明確にされず、また、ライブもないままの停止となった。

25th「Angel Love Story 〜秋色の天使〜」(95/オリコン最高62位・0.8万枚)…現時点、ラストシングルとなっている。ブラコン歌謡。

アイドル冬の時代に新しいアイドル像を創り上げ、長期に渡って活動。

最盛期は89年の1年間と短かったものの、短期間に立て続けに楽曲をヒットをさせ、日本中に歌声が駆け巡った。平成を代表するアイドルといっても過言ではないだろう。

今年、30周年を迎え、彼女たちの周辺が動き始めているようである。一日限りの復活でなく、活動再開を願う。

●書籍・CD・DVDなど———————————————————


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