• 80年代アイドルを紹介しています。

男闘呼組

・前田耕陽 1968年8月16日生まれ 東京都八王子市出身
・成田昭次 1968年8月1日生まれ 愛知県名古屋市出身
・岡本健一 1969年5月21日生まれ 東京都新宿区出身
・高橋一也 1969年5月20日生まれ 東京都世田谷区出身
デビュー曲:「DAYBREAK」(1988年8月24日)
事務所:ジャニーズ
レコード会社:BMGビクター

1984年、事務所内で仲の良かった成田と高橋の2人が、「でたらめロックバンド」というプライベートバンドを結成。その後、バンドを結成するという企画が雑誌で発表される。以降、何度もメンバーの加入や脱退、バンド名の変更を繰り返す。85年には「男闘呼組(おとこぐみ)」と名乗るようになる。最終的に4名のメンバーとなった。

右から前田耕陽、成田昭次、岡本健一、高橋一也
・前田耕陽…4人の中ではイチバン、アイドルっぽいルックス?87年に国生さゆりと映画「いとしのエリー」でW主演。 
・成田昭次…ハスキーヴォイスで、この声にしびれる女性ファンが多かった。
・岡本健一…ミステリアスで甘いマスクで人気に。レコードデビュー前より「サーティーン・ボーイ」(85)、「この子誰の子?」(86)などのドラマ出演が多かった。
・高橋一也…チョット尖った熱いキャラクター。性教育ドラマ「毎度おさわがせします」(85)に出演、「ナイン」(87)では主人公を演じていた。

ドラマやバラエティ、CM、ライブ活動を行っており、また個々にも活躍し、着実に人気を築きあげていった。なお、レコードデビュー前の87年の時点で、当時の人気番組「夜のヒットスタジオ」や「ザ・ベストテン」の”今週のスポットライト”のコーナーへの出演を果たしている。

「STAND OUT!!」(87)…主演ドラマ「ボクの姉キはパイロット!」の主題歌として流れていたもの。レコードデビュー前であるが、「ザ・ベストテン」の”今週のスポットライト”のコーナーに登場。人気の程が伺えますね。黒柳サンの横は、2nd「哀愁ピュセル」で人気上昇中だった伊藤美紀チャン。

また、88年2月には、主演映画「ロックよ静かに流れよ」が封切られる。この作品が好評を得たことにより、レコードは発売のゴーサインが出たという。結成から3年が経っていた…。

映画「ロックよ静かに流れよ」(88)…長野県松本市で起きた実話が原作。
バンド活動を夢見ていた高校生四人組が、不良と呼ばれながら、困難や仲間の不慮の死を乗り越えてコンサート決行へと突き進む姿を描いた青春群像劇。
出演は、寺尾聰、あべ静江、渡辺正行、内藤剛志ほか。

「DAYBREAK」で満を持して正式にデビュー。ジャニーズ事務所は歌い踊るアイドルが多かったが、ロックバンド形式だったため、インパクトを与えた。オリコンチャートでは、初登場で1位を獲得。各音楽番組でも1位に輝き、華々しいデビューとなった。続いて2nd「秋」もヒットとなる。

その年の「第30回日本レコード大賞」最優秀新人賞を獲得。また、「紅白歌合戦」にも出場となった。

「DAYBREAK」(88/オリコン最高1位・69.3万枚 年間4位)…カップリング曲とジャケットの異なる4種を発売。少年隊のデビュー曲「仮面舞踏会」を倣ったようですネ(こちらは3種でしたが…)。♪そして…ゴリラァ~と小学生のワタクシは歌っておりましたが、Growing Loveなのネ(笑)。デビューまで3年、やっと夜が明けたというカンジでしょうか?紅白出場は、田原俊彦が出場を辞退したため、「出場候補の次点だった」ことで、繰り上げ当選となった。
右は「弟30回日本レコード大賞」、左は「第39回紅白歌合戦」での成田クン。

翌年も「TIME ZONE」、「CROSS TO YOU/ROCKIN’ MY SOUL」 が1位を獲得。特に前者はCMソングとして起用され、多くの人が耳にする機会に恵まれた。前年に引き続き、「日本レコード大賞」、「紅白歌合戦」に登場している。

80年代後半から、音楽番組は曲がり角を迎えており、いわゆる歌謡曲歌手、アイドルの活躍の場が少なくなっていたが、地道に活動を続け、91年より自作曲が中心となる。“ジャニーズのアイドルバンド”との声もあったが、この頃からアーティスト色も強まっていった。

「TIME ZONE」(89/オリコン最高1位・35.4万枚)…時計メーカー「SEIKO」CMソング。シングルでタイアップを獲得した作品は意外にもこの楽曲だけという。
この年には、江崎グリコ「アーモンドチョコレート」のCMにも出演していました。

「CROSS TO YOU/ROCKIN’ MY SOUL」 (89/オリコン最高1位・23.0万枚)…唯一の両A面シングルで、最後のオリコン1位獲得作品。

「ザ・ベストテン」などのランキング番組では、「ROCKIN’ MY SOUL」がランキングした。

93年、男闘呼組が主演をつとめる舞台「スラブ・ボーイズ」が終了すると同時に高橋が突然の解雇命令をされ、グループの活動は停止(事実上の解散)となってしまう。予定されていた夏のコンサートツアーは各箇所チケット完売にもかかわらず中止となるという謎の出来事であった。

当時、写真週刊誌「フォーカス」では、解雇の理由は高橋が協調性に欠ける行動を取っていたことや、薬物の使用疑惑が原因となったと報じている。

解散後は、成田はシンガソングライターとして、高橋・前田・岡本の3人は、俳優としての活動を始めた。

高橋和也(一也から改名)

 解散後は俳優・声優として活躍。声優としては韓国俳優イ・ビョンホンの吹き替えを多く担当。14年、映画「そこのみにて光輝く」での演技が評価され「高崎映画祭」最優秀助演男優賞を受賞。また、いくつかのバンドを結成し、音楽活動も継続している。現在は、ハンク・ウィリアムズらに影響され、俳優業のかたわらカントリーのライブも行っている。

成田昭次

解散直前に出演していたドラマ「お茶の間」で原作さながらの体当たりの演技をし、好評を博していたが、解散後は俳優ではなく、シンガソングライターの道を歩む。ソロでCDをリリースしながら、ライブハウスを中心に活動。しかし、09年、大麻取締法違反で逮捕された。その後、近況は明らかになっていない。

前田耕陽

解散後はバンド活動や俳優など幅広く活動している。98年には中村由真と結婚し、元アイドル同士の結婚が話題となった。しかし、03年離婚。06年にレギュラー番組「なるトモ」共演がきっかけで、漫才師の海原ともことできちゃった婚をする。他のメンバーと比較すると、バラエティ番組でも時折、姿が見られる。

岡本健一

数多くのドラマ、舞台に出演。97年には、ベストセラー小説「不機嫌な果実」のドラマ化の際に、主人公と不倫する役で出演していたのが、印象的。その後、2回に渡り「読売演劇大賞」の優秀男優賞を獲得している。メンバーでは唯一、ジャニーズ事務所に残っている。息子の岡本圭人は「Hey!Say!JUMP」のメンバー(18年9月より活動休止予定)。

レコードデビューから約5年の活動であり、短命だったが、ジャニーズとしては異例の硬派なイメージで、インパクトを残した。

●書籍・CD・DVDなど———————————————————


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