• 80年代アイドルを紹介しています。

高岡早紀

本名:高岡 佐紀子
1972年12月3日生まれ
神奈川県藤沢市出身
A型
「真夜中のサブリナ」
(1988年4月30日)
事務所:ボンド
レコード会社:ビクター

中学生のときにスカウトされ、モデルとして活動を始める。88年に、俳優・岡田真澄を相手にダンスをする「マドラス」のCMに登場し、神秘的で優雅な佇まいで、話題となる。そのバックで流れる「真夜中のサブリナ」でアイドル歌手としてデビューも果たした。

エレガントでヨーロピアンな曲に、歌の世界に没頭していない感じの涼しげなヴォーカルがのり、幻想的な世界を創り上げていた。

残念ながらヒットはしなかったものの、従来の歌謡曲が下火となり、洗練された音楽が求められる時代になっていたその時に、アイドル歌謡という範疇を越えたハイクオリティーな仕上がりに、歌謡曲愛好家たちから高い評価を得た。

●歌手デビュー

マドラスCM「男と女のマドラス」…”男と女”と謳っておりますが、このCM撮影時は早紀チャンは14才。しかし、岡田ファンファン真澄サンとの共演でも、しっくり来ています。ちなみに幼少期からをクラッシクバレイを習っていたそうです。このCMソング「真夜中のサブリナ」(オリコン最高47位・2.5万枚)でデビュー。

その後も、「眠れぬ森の美女」、「悲しみよこんにちは」と一貫してヨーロピアン路線のサウンドで甘美な楽曲をリリース。
テレビでの露出も増えていき、15歳らしいあどけなさの中に垣間見える妖艶さで、明るく可愛らしいが基本のアイドルとは違う独特な存在感で、ファンを獲得していくこととなる。

「眠れぬ森の美女」(88/オリコン最高21位・2.8万枚)…バイオリンの音色から始まり、イントロからアイドルの楽曲とは思えない荘厳な感じが漂います。サビの歌詞♪バーブラブーシュカ…はどんな意味なんでしょう?ロシア語らしんですが…。

「悲しみよこんにちは」(88/オリコン最高15位・2.3万枚)…サガンの小説をモチーフにしたようです。もちろん歌詞も曲も全く違うものですが、斉藤由貴や麻丘めぐみも同じタイトルの楽曲がありましたネ。2曲とも「マドラス」のCMに起用され、映像の神秘感と見事にマッチしていました。

翌89年には、1stアルバムをリリース、コンサートも開催となった。コンサートはステージを設けず、会場に池や歩道、森、床に落ち葉などの演出を施しており、観客は体育座りで見るというスタイルで、ここでも独特な世界を構築していた

「Good News 高岡早紀 1989 真夜中のバレリーナ」(89)…バレイあり、ショータイムありで、非常に贅沢なコンサート。声量や安定感に欠け、歌手としての実力はありませんでしたが、ウィスパー唱法は魅力的でした。

また、女優業にも注力し、89年映画 「cfガール」で銀幕デビューを果たす。90年には映画「バタアシ金魚」での瑞々しい演技が評価され、「第5回高崎映画祭」ではベストアイドル賞を獲得。テレビドラマでは、「いつか誰かと朝帰り」で、人気アイドル・宮沢りえの友人で共演。歌手としてより、アイドル女優的な活動で注目を浴びていくこととなる。

「バタアシ金魚」(90)…水泳部の少女に一目ぼれした高校生の恋愛騒動を描いた青春ドラマ。少年カオルは、カナヅチにもかかわらず水泳部に入部。相手にもしてくれない彼女の冷たい態度にめげず何度もアタックする…。今で言うストーカーの物語です!って、そんなワケないわな(滝汗)。水泳部の物語なので、もちろん早紀チャンのグラマラスな水着姿をみることが出来ます。
この作品は「あすなろ白書」、「君といた夏」で人気者になる筒井道隆サンのデビュー作ナンだそうだ。浅野忠信サンも出演。

あどけなさを感じさせるルックスとバレイで鍛えたプロポーションのアンバランスさにも注目が集まっており、グラビアやCMにも多く登場となる。ビクター「甲子園ポスター」、メニコン、花王など大手のイメージガールに抜擢された。特にハウス食品の「ハウスフルーツINゼリー」のCMでは、ダンスで胸が揺れる演出がされ、中高生を中心に話題となった。

ハウスフルーツINゼリー」(90-91)…♪早紀好きさ~の唄と胸の揺れる演出で覚えている人も多いと思われるCM。薄着や水着になると、童顔と反するようなダイナマイトボディにビックリでした。このCMは、学校でも「おい、見たか?」と話題になっておりました(笑)

普段は爽やかなお嬢サンに見えるので、花王のCM(「ビオレ」、「メリット」など)に長く起用されておりました。

91年には音楽活動を停止。歌手として7枚のシングル、5枚(ベスト盤含む)のアルバムを残した。熱烈に支持する者もいたが、音楽番組が少なくなっていった時代であり、彼女の歌を聴く機会は少なく、成功したとは言えない結果だった。しかし、世界観を作り込み、高クオリティなものを一貫してリリース続けたゆえに、現在も評価されている。

「Sabrina」(89/オリコン最高25位・1.9万枚)

「楽園の雫」(90/オリコン最高18位・2.3万枚)

「Romancero」(90/オリコン最高17位・2.4万枚)

「S’Wonderful」(91/オリコン最高55位・1.3万枚)

●高品質のアルバムをリリース

お洒落というか退廃的というかアンニュイというか…明るく可愛いアイドルらしいとは一線を画した楽曲…10代の女の子に唄わせるのは、どうなの?という作品もたくさん。加藤和彦らおじさん達が「オレの色に染めてやるゼ!」と作ったような少女調教路線?早紀チャンもどんな心境だったのか?時には、吐息交じりで物憂げに唄い、その後女優として成功する片鱗が…。歌手活動の終了は所属事務所の倒産が原因らしい…。

以後、女優業に専念していくこととなる。92年「ポールポジション!愛しき人へ…」、93年「魚のように」など、連続ドラマの主要キャストや単発ドラマの主演が続いていたところに、転機を迎える。

ドラマ「魚のように」(93)…NHKの単発ドラマ。藤谷美紀、森且行と共演。周りの人たちを翻弄する美少女を演じています。
昨今の彼女はスキャンダル続きで、”高岡早紀=魔性の女”であろう。それ故に、そんな役も多いのだが、女優としてスタートし始めたこの頃から、ヒト癖あるオンナのコを演じておりました…。

94年、映画 「忠臣蔵外伝 四谷怪談」に出演し、ヌードも辞さない体当たりの演技を披露し、「日本アカデミー賞」、「ブルーリボン賞」など主たる映画祭の主演女優賞を受賞する。この作品をきっかけに一部では高い評価を得ている女優から、知名度を拡大させ、売れっ子女優の階段を駆け上がっていくこととなる。

95年に出演した美白歯磨剤「アパガード」のCMでの「芸能人は歯が命」というキャッチフレーズが話題となり、流行語となった。また、この年には篠山紀信撮影のヘアヌード写真集 「one, two, three」を出版している。

99年、「ストーカー 逃げ切れぬ愛」で民放連続ドラマで初主演を果たす。また「ハッピー 愛と感動の物語」にも主演、この作品は劇場版、翌年には、「ハッピー2 愛と感動の物語」も放送される人気ドラマとなった。

●女優として開花

「忠臣蔵外伝 四谷怪談」(94)… 忠臣蔵と四谷怪談をドッキングさせた時代劇エンタテイメント。監督・深作欣二。天真爛漫で妖艶なお岩を魅力的に演じ、「日本アカデミー賞」では最優秀主演女優賞と新人俳優賞をダブル受賞。「キネマ旬報賞」、「報知映画賞」、「ブルーリボン賞」など、映画賞はほぼ総ナメで獲得。
服の上からでも分かるアノ大きな胸が遂に公開されました(滝汗)。

私生活では96年に俳優の保阪尚希で結婚。二人の男の子をもうけるものの、04年には布袋寅泰との浮気が報道され、大きな話題となった。その後、離婚。

ドラマ、映画、舞台にと幅広く活動していくなか、演出家、歌舞伎俳優、野球選手など数々の男性と熱愛報道がされては、消えていった。11年には、事実婚の青年実業家との間に女児をもうけたが、短期間で関係を解消したということも報じられている。

恋多き女優と呼ばれて

サンヨー食品「サッポロ一番」…当時の夫・保阪尚希サンとのCM。ほかにも花王「メリット」などでも夫婦で出演しておりました。本当にたくさんの男性と噂になりました。脈絡があるとは思えない色々なタイプの男性と。それも芸能界だけでなく、スポーツ選手や一般男性までも…。

いつしか「スキャンダル女優」、「魔性の女」と呼ばれるように…。ドラマや映画の役柄も悪女や色っぽい役が増えていく。(多くの男性と噂されなければ、もっと役も広がっただろうに…)

13年、映画「モンスター」のエンディング曲「君待てども ~I’m waiting for you~」を担当し、それ以降は音楽活動も再開。ライブ活動もおこなっている。

●歌手活動再開

「Sings-Bedtime Stories」(14)…“夜寝る前に静かに聴きたいアルバム”をコンセプトに、スタンダードなジャズを厳選。ジャズ・ピアニストの山下洋輔が全面参加。
囁くような歌唱で高岡早紀ワールドへ連れて行ってくれます。

最近は、外食グループの社長、舞台で共演した松坂桃李との交際が伝えられるほか、子供や事実婚の元夫の事が週刊誌で取り上げられ、プライベートは相変わらず波乱万丈であるが、女優としての評価はとても高く、話題作に絶え間なく出演している。

●書籍・CD・DVDなど———————————————————

●参考文献など————————————————————–

高岡早紀 – Wikipedia


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