• 80年代アイドルを紹介しています。

姫乃樹リカ

本名:西村理香
1971年10月6日生まれ
大分県出身
O型
デビュー曲:「硝子のキッス」
(1988年2月3日)
事務所:ピュアコーポレーション
レコード会社:キティレコード

1982年、「ちびっ子歌まね合戦」(テレビ東京)に出場したのをきっかけに、芸能プロダクションにスカウトをされる。86年に雑誌「Momoco」に登場し、テレビ番組「モモコクラブ」にレギュラー出演となる。

「モモコクラブ」…雑誌「Momoco」の特別コーナー「モモコクラブ」を発端とする番組。これを機にデビューしたアイドルは、西村知美杉浦幸島田奈美畠田理恵酒井法子など。桃組出席番号1773番。印象的な苗字「姫乃樹(ひめのぎ)」は芸名。本名の西村を使用しなかったのは、西村知美とのバッティングを防ぐ為。当初は本名非公開だった。「お姫様のようにまた、樹木のようにどんな事にも負けずに真っすぐ成長して欲しい」という願いが込められているそうだ。

88年2月、「硝子のキッス」で歌手活動開始させる。アニメ映画「めぞん一刻 完結篇」の主題歌に起用されるというラッキーなスタートを切った。
アイドル然としたルックス、キャラクター。そして、抜群の歌唱力に注目が集まり、歌謡曲ファンより「ポスト聖子」と称され、近い未来にトップアイドルとして君臨するだろうと期待された。

「硝子のキッス」(88/オリコン最高21位・2.6万枚)…愛嬌のあるルックスに、ハキハキとしたトーク、よく伸びる透明感のある歌声。テレビでの歌唱でも、可愛く歌い踊りながら音程を取り、感情豊かに歌い上げる。ほかのアイドルと一線を画す存在でありました。ちょっとしゃくりあげる歌唱が聖子チャン風?あどけない中にすでに貫禄も…。「リカ、恐ろしい子!」

2nd「ときめいて」では、ロッカバラードを情感豊かに歌い上げ、オリコンチャートのTOP20内に登場。ラジオ番組でのパーソナリティや大手製菓会社のCMキャラクターも務め、活躍の場が拡大していった。(このラジオ番組のパーソナリティはラジオ雑誌の人気投票でベストテン入りを6回も果たすほどの人気ぶりだったという)

「ときめいて」(88/オリコン最高16位・3.0万枚)…2枚目にしてロッカバラードを歌い上げる。(本人は荻野目洋子的なビートものをお得意としていたようだが…)この曲は、宮崎美子サンもお気に入りで、有線放送にリクエストしたとか!?。同期の西田ひかるチャンも「ときめいて」(91/オリコン最高7位・14.9万枚 )という曲をリリースしていましたネ。

グリコの「ジャイアントカプリコ」(88)ではジャイアント馬場さんと共演、そして新製品「いちごチョコ」では単独出演。

3rd「もっとHurry Up!」はアイドルポップスの王道的楽曲。歌唱はもちろん、振り付け、カメラ目線などのパフォーマンスもビシッ!!と決まったインパクトの強い作品となった。
この楽曲で、人気番組「ザ・ベストテン」に注目の新人として出演。”今週のスポットライト”のコーナーにて歌唱し、人気に火がつくのは時間の問題と思われた。

「もっとHurry Up!」(88/オリコン最高24位・2.8万枚)…リカチャンの溌剌とした個性にピッタリの楽曲。リリースした中で、最も知られているであろう、いわゆる代表曲。日通海外ペリカン便のCMソング。これぞアイドル!といった趣。(そうそう、彼女の趣味は釣り。これだけは、ちょっとアイドルっぽくなかったデス)。人気番組「ザ・ベストテン」の”今週のスポットライト”に登場。歌前トークでは、「姫乃樹」という名前の話に。なんとなく、ビデオ女優っぽい名前だぁと思っていたのは、私だけ?90年代初頭に活躍した桜樹ルイ嬢チックと言いましょうか…(滝汗)。

しかし…80年代後半から90年代後半は「アイドル冬の時代」その影響は彼女も食らってしまった。しかもこの88年は天皇陛下の体調不良に伴ってお祭りは自粛傾向であり、新人歌手一同が集まる音楽祭なども開催されない状態であり、この年度にデビューの新人歌手(アイドル、演歌、歌謡曲など)はプロモーションの機会が例年より少ないという、不利な状態でもあった。

その後、「アンバランスに抱きしめて」(88/オリコン最高28位・1.8万枚)、「ロマンの騎士」(89/オリコン最高34位・0.7万枚)などを発表するものの芳しい成果を得ることは出来ないでいた。

音楽番組が減っていくなか、89年10月から90年3月まで、コントと歌で構成された「東京イエローページ」の”Page7”として出演。バリバリのアイドルポップスから演歌、ロックに至るまでなんでも歌いこなす才能を見せ付ける機会に恵まれたものの、ブレイクできずモドカシイ状態で季節が過ぎていった。

「東京イエローページ」(89~90)…初代Page7(ページセブン)として出演。メンバーはほかに、相川恵里、千葉美加、細川直美、川越美和、マルシア、里中茶美。お題に合わせて、演歌からロックまで色んな歌に挑戦。リカちゃんの魅力のひとつは笑顔。笑うと目がなくなってしまう。このころは「紀子様フィーバー」で、笑うとよく似ていると言われていました。

早くも2年目の後半には大人の歌手へと脱皮が図られたようで、バラードの「スタンド・バイ・ミー」をリリース。人気アニメ「YAWARA!」のエンディングテーマに起用され、ブレイクのチャンスが訪れるものの彼女の人気や楽曲のヒットへとは結びつかず。

そして、更なるイメージチェンジか、脱アイドルのような楽曲「地上の楽園」をリリース。ギターを抱えての歌唱スタイルで登場となった。彼女の代表曲となるような大ヒットが欲しかったため、音楽ディレクターが井上陽水に依頼した作品で、ギターを弾いての歌唱が提供の条件であったという。 

「スタンド・バイ・ミー」(88/オリコン最高43位・0.9万枚)…人気アニメ「YAWARA!」のエンディングテーマにが起用され、ブレイクのチャンスが訪れるが、ヒットに至らず。矢萩渉(安全地帯)が作曲のかっこいいバラード。2ndでリリースの予定でしたが、当時のリカちゃんにはオトナっぽすぎるとのことで、リリースが見送られたとのことである。赤い口紅が似合う女性になりました。「地上の楽園」(オリコン最高58位・1.0万枚)…井上陽水の作曲。ギターの弾き語りが提供の条件のため、リカちゃんはギターを猛練習!

新展開を見せてくれると思いきや、姿を見なくなってしまった。シングル7枚、アルバム3枚(1枚はベスト盤)で、姫乃樹リカの活動は終了となった…。

彼女の活動で、特筆する点は、2枚のオリジナルアルバムはシングル未収録。これは、当時のアイドルとしては異例のことで、彼女が色々なタイプの楽曲を歌える歌唱力があったため、出来たことだったであろう。

彼女について、歌謡曲愛好家らは、本人のルックスやキャラクター、楽曲、歌唱力と三拍子揃った逸材だった。しかし、完璧なアイドルは、88年では、時代錯誤感があり、遅すぎた。アイドル冬の時代でなく、もう少し早く(80年代中期)デビューしていたら、大きな結果が出せただろう…と語る。

「Fariy Tail」(88)、「AMAZING STORY」(89)2枚ともバラエティ豊かな構成で飽きがこないアルバムとなっている。作詞にも挑戦しています。

姫乃樹リカの活動は終了となったが…

92年に芸名を西邑理香(にしむら りか)に改名、「ナチュラル」をリリースし、 新しくスタートを切ることとなる。93年にはユニット「西邑理香with COMING SOON!」を結成。そして後に「THE COMING SOON!」に改名し、活動。

しかし、こちらでも世間をにぎわすことはできなかった。

95年12月にベーシストのDave Criggerと結婚。米国に在住し、芸能界から離れている。

2000年の書籍「あの人に逢いたい―まぼろしのアイドル」(白夜書房)、16年のテレビ番組「人生が変わる1分間の深イイ話」に登場。

単行本「あの人に逢いたい―まぼろしのアイドル」(00/白夜書房)…オトナになったリカちゃんが表紙。巻頭もリカちゃん!インタビューで結婚後の生活を話しています。

テレビ番組「人生が変わる1分間の深イイ話」(16/日本テレビ)…ひさしぶりのテレビ出演!

本やテレビの出演時には、「歌はまたやりたい」と語り、デビュー30周年を迎え、復活が期待されていた。

そして…

2019年11月29日にライブが行われた。
姫乃樹リカ with THE COMING SOON! ~REUNION~ 「SONGS FOR YOU」
ライブの最後に「次を計画したいと思います」という言葉が姫乃樹サンより聞けた。ライブの様子は姫乃樹リカ with THE COMING SOON! ライブ 2019/11/29でどうぞ。

●書籍・CD・DVDなど———————————————————


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