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酒井法子

本名:酒井法子
1971年2月14日 生まれ
福岡県福岡市出身 B型
デビュー曲:「男のコになりたい」
(1987年2月5日)
事務所:サンミュージック
レコード会社:ビクター
キャッチフレーズ:おキャンなレディー

日本での活動が伸び悩み、台湾や香港などアジア圏での活動に力を入れていた(詳細は酒井法子①)が、ある作品と出会いで、運命が大きく好転することとなる。

日本での活動が伸び悩んでいるなか、リリースする楽曲までもがおかしなことに…迷曲。名曲!?を立て続けにリリース。のりピー語復活!?…♪ピ・ピ・ピテントロプスと歌った「渚のピテカントロプス」(92/オリコン最高34位2.1万枚)、コミカル路線の「たぶんタブー」(92/オリコン最高54位・1.0万枚)。天真爛漫な彼女だからキワモノっぽく見えないですんだかも…。

1993年、脚本家の野島伸司氏に引き立てられ、ドラマ「ひとつ屋根の下」に出演する。当時の野島は91年「101回目のプロポーズ」、92年「愛という名のもとに」、93年「高校教師」と、どれもが社会現象となるほどにヒットを飛ばす“業界一数字が取れる男”と呼ばれていた。

売れっ子脚本家の階段を駆け上がっているという存在だった野島が手がけたこの作品は、高視聴率を記録。そのなかで、彼女は、ひとりだけ血が繋がらないが健気に家族のことを想い続ける主人公の妹を好演。それまでとは違う大人になった彼女が話題となった。

●女優としての魅力開花

ドラマ「ひとつ屋根の下」(93)…膝の故障で引退した実業団のマラソン選手だった達也(江口洋介)が、婚約を報告するため、両親の交通事故で生き別れになった兄弟達を訪ね歩く。ケンカしながら絆を深めていくホームドラマ。一人だけ血の繋がらない小雪、…のりピーには里子に出されたという噂が当時ありました…自身の生い立ちとも似ていた?97年「ひとつ屋根の下2」も放送。

その後、野島との交際が写真週刊誌に報じられ、記者会見で「尊敬できる人。胸を張ってお付き合いするにふさわしい方です」と、笑顔で交際宣言をする

●脚本家の野島伸司との熱愛報道

写真週刊誌「フォーカス」…野島のマンションに弁当を届けに来た姿をばっちり撮られてしまったことで、熱愛発覚。野島はのりピーのファンで「ひとつ屋根の下」は執筆当初から彼女をイメージして書いたと言われている。撮影現場にも足繁く通っていたようで、ドラマの打ち上げから交際が始まっていたそうだ。

前年の「ひとつ屋根の下」以後、女優として認知されるようになり、ドラマを主として活動が活気付いていく。94年には、「出遭った頃の君でいて」に出演。妻子あるエリート商社マンに恋する、健気で強いヒロインを堂々と演じた。 

出逢った頃の君でいて」(94)…内舘牧子原作の漫画のドラマ化。父が亡くなったモロッコで、モロッコ駐在の圭介(陣内孝則)に案内してもらうOL・ナナ(酒井法子)は、次第に圭介を慕っていく。しかし、それは不倫の恋だった…愛する男の妻との直接対決もあったが、ドロドロの世界というよりも、焦点にしたのはヒロインの純愛。主題歌も、竹内まりやの「純愛ラプソディ」。やれやれ…お酒なんか呑んで…人を睨み付けて…出遭った頃ののりピーでいて欲しかった?数年後、僕らは、驚きの報道を目にすることになってしまうのです…。

95年には、耳と口が不自由な看護見習いの彩役を手話を使い熱演した「星の金貨」が高視聴率を記録。それに加え、自身が歌った主題歌「碧いうさぎ」は大ヒットとなり、「第37回日本レコード大賞」優秀作品賞を受賞。そして、「第46回NHK紅白歌合戦」に初出場となった。

●主演ドラマ「星の金貨」が高視聴率

「星の金貨」(95)…看護見習いとして働く彩は耳と口が不自由な捨て子である。赤ん坊の時に捨てられて以来、親を待ち続けている。そんななか、医者として赴任してきた秀一(大沢たかお)に惹かれていく…。大沢たかおサン、竹野内豊サンはコレを機に人気俳優の仲間入りを果たした。堀越学園時代の同級生の西村知美チャンも親友役として出演。細川直美チャンは怪演女優?として活路を見出しました(笑)みなさん、いい味出していました。「続・星の金貨」(96)も作られた。

●ドラマ「星の金貨」主題歌「碧いうさぎ」でNHK紅白歌合戦初出場

「碧いうさぎ」(オリコン最高5位・99.7万枚)…NHK紅白歌合戦に出場(写真右)。ドラマ(写真左)での役柄に合わせて、この楽曲を手話を交えて歌った。これは紅白史上初めて。実売は100万枚以上あったものと推測される。翌年には「続・星の金貨」も放送され、主題歌「鏡のドレス」(オリコン最高9位・44.7万枚)もヒット。

「ひとつ屋根の下」、「出遭った頃の君でいて」、「星の金貨」で見せた女優・酒井法子の存在感は強烈だった。アイドル「のりピー」から女優へ見事に脱皮となる。(一連のドラマの役柄により、健気でいじらしいが彼女のイメージになったように思う。)
活動の場の拡大、イメージチェンジ、ドラマ・歌での代表作…活動が停滞したアイドルが喉から手にほしいものを全て手に入れた。

話題となっていた恋愛のほうは、結局、1997年秋には同棲解消が報じられていた。しかし、その翌年の98年に、プロサーファー高相祐一氏と結婚を発表、同時に妊娠3ヶ月であることが公表された。

「聖者の行進」(98)…野島の脚本。別れてたであろう頃の出演作品。結婚会見での「(別れたが野島のことは)今でも尊敬しています!」は本心だったでしょう。役どころは、音楽教師。進学一辺倒の生徒達から教科を軽んじられる不満から、工場の知的障害者に楽団指導のボランティアを行うようになる。彼らの純粋さに触発されると同時に工場での惨状を目の当たりにし、行動を起こす。

結婚・出産を経て、2000年より芸能活動と子育てを両立。
03年には、伊藤忠商事と所属事務所が設立した洋服ブランド「ピーピーリコリンノ」のプロデュースを始める。さらに、07年には、日中文化スポーツ交流年・文化親善大使に抜擢され、内閣総理大臣・安倍晋三とも面会し、芸能人としてのステータスを高めていた。

アイドルから女優へ、そして女優兼ママドルへ。デビュー当時からの「のりピー」のイメージもキープし、絶妙なバランスでの展開を見せていた。

国民全体的に漠々たる好意を得ることに成功していたように思われ、芸能人にとってのゴールに達したといっても過言ではないだろう。

●プロサーファー高相祐一との結婚 女優兼ママドルへ

CMトヨタ自動車「NOAH」(07)、ドラマ「まるまるちびまる子ちゃん」(07)。アイドル時代から知るものとしては、のりピーが母親というのが、不思議な感じ?いつまでもアイドル性が損なわれないため、結婚後も清純派の女優として活躍。また、ママドルであり、女性から見てもステキな女性、母親というポジションにいたと思う。「クリーン」なイメージで花王、アラクス、TUTAYAなど多くの企業のイメージキャラクターを努めた。

しかし、何もかもが台無しになってしまう出来事が…

09年8月、覚醒剤取締法違反で逮捕

●逮捕・離婚

この件は詳細が報道されるにつれて、イメージとは真逆のことばかりがどんどん出てくるの日本中が大騒ぎになった。夫が渋谷で覚醒剤を隠し持っていたところを逮捕され、その後、彼女も覚醒剤所持と使用が報じられ逮捕される。謝罪記者会見、裁判、夫との離婚(長男の親権は彼女が得た)なども大きく報道され、世間の注目を大いに集めた。
写真は、10年に出版された自叙伝「贖罪」(朝日新聞出版)

12年、主演舞台「碧空の狂詩曲〜お市の方外伝〜」で復帰となる。

以後、テレビでの活動は少ないものの、常に彼女の動向が注目され、ことあるごとに情報番組や週刊誌などで取り上げられていた。先代社長・相沢秀禎の告別式、舞台の出演辞退、化粧品のイメージキャラクターの起用、パチンコ店での営業など…

●舞台で復帰

舞台「碧空の狂詩曲〜お市の方外伝〜」…政略結婚により浅井長政と結婚したと考えられている織田信長の妹・お市であるが、この物語では、これをお市自身の選択によるものとして描いた作品。「芸能界を引退し、介護の仕事をする」の発言があったものの、芸能界に復帰し、批判的な意見が多く聞かれた。学んでいた大学の閉校や経済的な面などで、いろいろと難しいことはあるだろうが、やはり介護はいつかやってほしいな…と思います。

16年には、30周年記念のベストアルバムをリリース、 コンサートを開催し、「もう歌を歌えることはないと思っていました。自分の中では奇跡です」と頭を下げた。

中国圏ではまだ根強いファンに支えられている模様で、18年1月には、香港コンサートが開催されるため、チケットが完売するなど、徐々に活発化しているよう。

●書籍・CD・DVDなど———————————————————


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