• 80年代アイドルを紹介しています。

八木さおり

本名:八木小織
1969年11月20日生まれ  A型
大阪府大阪市旭区出身
デビュー曲:「瞳で片想い」
(1986年11月21日)
事務所:オーエンタープライズ
レコード会社:キング

1985年、兄が「第4回ミスマガジン」に応募し、グランプリに輝いたのをきっかけに「DELUXEマガジン」のグラビアでデビュー。あどけないルックスに美しい肢体で読者を魅了した。

86年にはNHKドラマ「ジェニーがやって来た」に主演し、主題歌「センシティブハート」がB面に収録されたシングル「瞳で片想い」で歌手活動をスタートさせる。

「瞳で片想い」(86/オリコン最高20位 3.3万枚)…アイドルのデビュー曲としては珍しいスローなナンバーで「歌のトップテン」の”話題曲コーナー”に登場。確かな歌唱力で歌い上げます。来生えつこ、たかおの作品。

ドラマ「ジェニーがやって来た」(86)…出演ドラマ。B面「センシティブハート」は主題歌。前田吟、加賀まりこ、竹内力が出演。力サンがまだ爽やかだった頃。

芹沢直美…1986年11月1日に「黙っててあげる」(オリコン最高71位・1.2万枚)でデビュー。歌謡曲愛好家たちの間では、デビュー日が近いので、ショートカット対決と言われたとか?売上げ、順位共にさおりチャンの勝ち!直美チャンといえば「夏体験物語2」妊娠しちゃう女のコ役。あと、我妻佳代チャンのお姉ちゃんでもあるのヨ。姉妹でアイドル、凄ッ!そして、戸田研一郎クンのパンツ、凄ッ(笑)

歌手デビューと同じくして、CMにも登場。花王「ビオレ」を皮切りに、サンヨー、KDDなど大手企業のイメージガールとして起用され、活動が活気づく。森永乳業の「サンキストつぶゼリー」には水着姿で登場したのが、印象的であった。

森永乳業「サンキストつぶゼリー」…CMで「見てないで食べたら?」と視聴者を窘めるさおりチャン。そんなこと言われても、見とれてしまうデショ。なんてったって「水泳大会」ではミスフォトジェニックを受賞したほどのナイスボディの持ち主なんですからね…。

「マガジン」系雑誌でのグラビア展開が鮮烈である上、「グラビアアイドル」として認知されているであろうが、来生えつこ・たかお、谷山浩子、国安わたる、小室哲哉、松本隆、細野晴臣など著名なアーティストからの優れた楽曲、また彼女の表情豊かな歌唱は歌謡曲ファンより高い評価を得ていた。

懶い歌声の情感豊かな歌唱は「くちづけの舞台」「遅れたloveSong」など落ち着いた楽曲にしっくりと馴染んだ。アニメ主題歌「Kung Fu Boy」は彼女の楽曲の中で異色。アルバムも出来が良く1st「PURITY」を名盤と推す人多し。さおりファンと公言し、雑誌で対談も行った小室哲哉氏作曲「月と恋心」は2nd「Moon&Love」に収録。

恵まれた環境で活動を続けるなか、文部省選定で”日中国交正常化15周年・日中友好平和条約10周年記念作品”という触れ込みの映画「パンダ物語 猫熊的故事」(88年公開)の主演に抜擢される。

しかし、監督の交代劇によって中国での撮影が1年間の長期に及んだ。
このことにより、テレビでの露出が出来ず、旬を逃した状態となる。また、映画の興行成績も振るわなかった。

主題歌「SAYONARA」でアイドル歌手にピリオドを打つ。3年間の活動でシングル6枚・アルバム3枚を残した。

「パンダ物語 熊猫的故事」で映画初主演となるものの…撮影が長期化。アイドルは生モノ…。また、演技指導にのめりこんだ監督がさおりチャンを負傷させたというトラブルも報道された。「パンダは必ず後ろから抱くの」とパンダのぬいぐるみ(笑)で抱き方指導をするさおりチャン。その後ろには泉谷しげるオヤジの魔の手が…。「SAYONARA」で歌手活動”さよなら”となった…。

歌手廃業後は、ドラマ、映画、Vシネマ、舞台など女優として活動。
89年11月、20歳を機に本名の「八木小織」に改名。

主演映画「微熱MYLOVE」や昼ドラ「赤い迷宮」への出演などがあるものの、話題作に縁遠く、ややこじんまりとした印象に…。
アイドル脱却を試みていた時期であり、グラビア雑誌や写真集では大胆な肌の露出にも挑戦しており、そちらが印象深い。

主演映画「微熱MY LOVE」(90)…雑誌「GORO」で連載されていた漫画を映画化。元アイドルだったさおりチャンがアイドルを演じる。ビデオパッケージには、なにやらエッチなコピーが…。

髪型をショートカットからロングヘアーに変えて、イメージチェンジ。イメージビデオ「危険に素敵」(91)でセクシーポーズ。ドラマ「季節はずれの海岸物語’91秋」(91)にゲスト出演。水着で鶴太郎を誘惑。やはり、彼女と言えば水着なのか?

再び注目されたのがヘアヌード写真集「春夏秋冬」

雑誌「週刊プレイボーイ」全面バックアップし、”あのアイドルが脱いだ”と謳い話題となったが、アート的に演出された写真に賛否両論を呼んだ。

写真集「春夏秋冬」(94)…表紙からヌードなので、ここでは雑誌「週刊プレイボーイ」の表紙を掲載。94年頃は、ヘアヌード写真集ブームの時期であり、不本意な形で脱がされるぐらいなら「好きにやりたい」と考え、自ら写真集を企画したという。
発売が決定した直後には、編集部に「出さないで!」の声が殺到したとか。

それ以後も女優として活動し、06年には人気昼ドラ「大好き!五つ子」シリーズに中学教師役で出演。

07年に事務所を移籍し、芸名を「八木小緒里」に改名するも、12年に劇団「丸福ボンバーズ」の旗揚げメンバーとして参加。それを機にデビュー時の「八木さおり」に戻し、活動を継続している。

デビュー30周年には、高クオリティの3枚のアルバムが再発された。

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